コタツ評論

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鳩山辞任

2010-06-02 23:01:00 | ノンジャンル
民主党の両院議員総会における鳩山首相の辞任発言は立派なものだった。以下、西日本新聞からの転載である。http://www.nishinippon.co.jp/nnp/item/175736



 お集まりのみなさんありがとうございます。そして国民の皆さんありがとうございました。昨年の暑い夏の戦いの結果、日本の政治の歴史は大きく変わった。国民の判断は決して間違っていなかった。若く素晴らしい国会議員がすくすくと育ち、国会の中で活動を続けています。国民の判断のおかげであります。

 政権交代によって国民の皆さんの暮らしが必ず良くなるとの確信の下で、皆さんにお選びいただき、首相として今日までまいりました。皆さん方と協力して「日本の歴史を変えよう。官僚任せの政治ではなく、政治主導、国民が主役になる政治をつくろう」と思いながら今日まで頑張ってきたつもりであります。

 今日お集まりの国会議員と一緒に、国民のために予算をつくれたことを誇りに思っています。子ども手当、高校無償化も始まっています。子どもにやさしい、未来に魅力ある日本に変えていこう。決して間違っていないと確信をしています。産業を活性化しなくてはいけない。特に1次産業が厳しい。農業の戸別所得補償制度がスタートしています。1次産業が2次産業、3次産業とあわせて再生する日も近いと確信しています。

 さまざまな変化が国民の暮らしに起きています。水俣病もそうです。医療崩壊が始まっている地域をなんとかしないといけない。医療費をわずかですが増やすことができたのも国民の意思だと思っています。

 残念なことに、私たち政権与党の姿が国民の心に映っていません。徐々に聞く耳を持たなくなってしまった。そのことは残念でならないし、不徳の致すところと思っています。その原因を二つだけ申し上げます。

 一つは普天間(飛行場移設)の問題でしょう。徳之島の皆さんにもご迷惑をお掛けしております。ただ、本当に沖縄の外に米軍基地をできる限り移すため努力しないといけない。沖縄の中に基地を求めることがあたりまえではないだろうと、半年間努力してまいりましたが、結果として、できませんでした。これからも県外に移すよう努力することは言うまでもありませんが、一方で北朝鮮が韓国の哨戒艦を沈没させる事案が起きています。

 日米の信頼関係を保つことが東アジアの平和のために不可欠との思いで、残念ながら沖縄に負担をお願いせざるを得なくなりました。沖縄の皆さんにもご迷惑をお掛けしています。

 社民党さんに政権離脱という厳しい思いをさせたことが残念でなりません。国民新党とともに一緒に今まで仕事をさせていただいた。これからもできる限りの協力をと、申し上げたい。さらに沖縄の皆さんにも、できる限り県外に米軍基地を少しずつでも移すことができるよう、新しい政権として努力していくことが大切だと思います。

 「社民党より日米を重視した。けしからん」との思いも分からないではありません。日米の信頼を何としても維持していかなければいけないという悲痛な思いを、ぜひご理解願いたいと思います。

 いつかは日本の平和を日本人自身でつくりあげていくときを、求めないといけない。米国に依存を続けて良いとは思いません。ここをぜひご理解いただき、鳩山の「少しでも県外に」との思いをご理解願えればと思います。その中に私は普天間問題の本質があると思っています。

 あなた方の時代に、日本の平和を日本人自身で見詰めることができる環境をつくることを、日米同盟の重要性は言うまでもありませんが、一方でも模索していきたい。

 社民党を政権離脱という厳しい道に追い込んでしまった厳しい責任は負わないといけない。

 いまひとつは「政治とカネ」の問題でした。自民党を飛び出し、さきがけ、さらには民主党をつくってきたのも「自民党政治ではダメだ。もっとお金にクリーンな政治をつくらねば」との思いでした。結果として自分自身の政治資金規正法違反の問題で大変なご迷惑をおかけしたことは申し訳ない。なぜクリーンであるはずの民主党の代表がこんな事件に巻き込まれるのかと、お怒りになったことと思います。そのような「政治とカネ」の問題に決別する民主党を取り戻したいと思っております。皆さんいかがでしょうか。

 私自身も、この職を引かせていただくことになりますが、小沢(一郎)幹事長にも政治資金規正法の議論があるのは周知のことと思います。先般、2度ほど幹事長ともご相談しながら「私も引きます。幹事長も恐縮ですが、幹事長の職を引いていただきたい。そのことによって新しい民主党、よりクリーンな民主党をつくりあげることができる」と申し上げました。幹事長も「分かった」と申されたのでございます。

 小林千代美議員にも責めを負っていただきたい。高い壇上から申し上げるのも恐縮ですが、クリーンな民主党に戻そうではありませんか。そのための努力を皆さんにお願いします。

 そうなれば必ず、国民の皆さんがまた民主党に対して聞く耳を持ってくれる。国民の皆さんの声が通る新しい政権に生まれ変わると。

 しばしば宇宙人だと言われております。勝手に解釈すれば、今から5年、10年、20年先の姿を国民に申し上げている姿が、そう映っているのではないかと思います。

 例えば地域主権。原口(一博総務)大臣が先頭を切って「国が上というのはおかしい。地方が主役になる日本にならなきゃならない」と。国会議員や官僚が威張っていた中央集権の世の中に風穴があいた。一括交付金など大きな変化ができつつある。5年、10年たてば「こういうことだったのか」と分かってくれると。

 「新しい公共」もそうです。今までの仕事を「公」に開くことをやろうじゃありませんか。国民の皆さんが主役になる、そういう政治をつくりあげることができる。まだ「新しい公共」自体がなじみが薄くてよく分からないと思われているかもしれません。官僚独占ではなく、できるだけ民ができるように変えていく、そういう力を貸していただきたいと思います。

 東アジア共同体もそうです。必ずその時代がくるんです。国境を感じなくなる時代をつくっていく。

 新しい民主党の、新しい政権を皆さんでおつくりいただきたい。

 韓国の済州島に行って、ホテルの部屋の先にテラスがありました。テラスに1羽のヒヨドリが飛んでまいりました。わが家のヒヨドリが飛んできたと勝手に解釈して、この鳥も「早く自宅に戻ってこいよ」と招いているように感じたところであります。

 雨の日には雨の中を、風の日には風の中を自然に歩けるように、国民の未来を見詰めながら、対話の中で新しい時代をつかみ取っていこうではありませんか。

 そのことを申し上げながら、ふつつかな私ではありますが、8カ月余り先頭を立って歩ませてもらったことに感謝を申し上げ、国民の皆さんへのメッセージとさせていただきます。ご清聴ありがとうございました。



たぶん、10年先、20年先には、鳩山政権の評価は現在とは違ったものになっているだろう。

(敬称略 赤字はコタツ)
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スラムドッグ ミリオネア

2010-06-02 14:57:00 | ノンジャンル


まったくよくなかった。いったい、この映画のどこがいいのか、俺にはわからなかった。冒頭の刑事のセリフで、これはダメだなと思い、そのままだった。

「このとおり、暑いし。女房は俺に当たり散らす。捜査資料は山積み。殺人犯、レイプ魔、詐欺師、ホモどもやお前・・・。警察の手間を省いてもらおう」

吊されたジャマールが、足の親指に電極のクリップを付けられている。自動車のバッテリーを利用した電気拷問を部下に命じて、刑事がつぶやくようにいうセリフだ。「クイズミリオネア」に出演した、スラム育ちの無知なはずの少年ジャマールが、最終質問まで正解を続けたことに、何か不正を働いたのではないかと疑われ、自白を強要されているのだ。

ここで、この映画はインド映画ではなく、イギリス映画であり、それも、ハリウッド映画の亜流としてのイギリス映画であることがわかる。悪徳と破壊に満ちた社会の防波堤として、日々の仕事にウンザリしながら、しかし真実への畏敬を失わず、最後は公正さに立ち戻る刑事。ハリウッド産の探偵や刑事物映画には繰り返し使われてきた類型である。

ジャマールが、イギリス人のために携帯電話の割安サービスや特典を案内するコールセンターのお茶汲みであるように、インド名物のスラムの貧困に加え、スラム跡に林立するビル群に象徴される経済成長と、「クイズミリオネア」に熱狂するような大衆社会などをパッケージに包んでみせた、いわば「最新」のインド観光映画でもある。

それ以上ではないが、それ以下の映画でもある。ジャマールはコールセンターのお茶汲みから正社員をめざし、パリコレのモデルのような容姿のラティカに恋する。平準化された労働者と消費者がいて、そのライフスタイルを憧れとする大衆社会がある。巨大なインド市場を狙う生活関連商品企業に向けた、「最新」のインドPR映画ともいえる。

アメリカの通信・映像・メディア産業などは、ボリウッドと呼ばれる膨大なインドの映画人口を次代のビジュアル産業のターゲットにしたいはずだ。ハリウッドをはじめとする映画産業はその一部に過ぎない。映画屋が下請けをつとめた、「最新」のテストマーケティング映画として、インド人観客の反応は綿密に分析されただろう。

「トレインスポッティング」というイギリスの下層社会の若者群像を痛切に描いた佳作をものしたP・ボイル監督は、この英米印合作のビジネス映画によって、ボリウッドとハリウッドの橋渡しをした貢献を認められ、アカデミー賞を授与された。イギリス人とインド人のスタッフキャストが、歓喜を叫ぶ授賞式光景を覚えている。

ビジネス上は誰もが、「win win」の成功を手にしたわけだが、やはり観客はいい面の皮である。悪徳と破壊に満ちた映画界の防波堤として、日々の不本意な仕事にウンザリしながら、しかし映画への畏敬を失わず、最後は観客に立ち戻る映画監督とは、いまだ類型ではない。

(敬称略)
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俺がもしその立場なら

2010-06-02 01:40:00 | ノンジャンル
野中広務が官房機密費から、政治評論家やタレントに盆暮れの付け届けをしていたと暴露した「毒まんじゅう」問題は、新聞やTVではいっさい報道されなかったそうだが、その第2弾として、週刊ポストが新聞記者にも渡っていたのではないかと続報中。

俺がもしその立場ならと考えてみた場合、金を渡すことには躊躇しないだろうと思う。マスコミ対策に限らず、買収工作は、いつでもどこでも行われている。その逆に、買収を持ちかけられた場合はどうするか。

躊躇せず受け取ることはないと思うが、断固断るかといえば、これも怪しい。受け取らないことで、返って怪しまれるということもあるから、自分なりの理屈が立てば、受け取るかもしれない。俺は社会に生きているのではなく、業界のお陰で食っているのだから。

金を受け取ったら、「政治と金」の追及の矛先が鈍るかといえば、反対に苛烈にやるだろうと思う。「俺が30万なのに、やつは数百万、数千万、億円だと!」という嫉妬だけでなく、後ろめたい思いを払拭するために、「巨悪は見逃さない」というわけだ。

つまり、相手は選ぶ。というか、各社横並びだから、自分で選ぶ負担はないわけだが。政権中枢から、たとえば、かつての野中広務からリークがあれば、そこは阿吽の呼吸で突っ走る。「たとえ、泥水飲んでも、スクープを狙うのが記者ってもんよ」と酒場で胸を張ることもできる。

金や接待はさすがにまずいが、ネタとか便宜を絡ませられたら、これは厄介な長い灰色の線上を歩くことになる。やっぱり、金は受け取る側じゃなくて、渡す側になりたいものだな。

今週の収穫。この人に、金を渡すのは難しそうだ。

【佐藤優の眼光紙背】小沢一郎が『平成の悪党』になる日


(敬称略)
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