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公然たる秘密の花園

2013-11-06 02:29:00 | 政治
5日(火)夜放送の「NHKクローズアップ現代」<知られざる“同胞監視”~GHQ・日本人検閲官たちの告白>を視ました。

30年ほど前から江藤淳などの右派論客から指摘されてきた占領期の一裏面です。戦後民主主義がその誕生期からシンメトリカルな笑顔ではなく、左右いびつな顔だったことは、この間の占領期研究などで段々に知られてきました。

かつての日本人検閲官たちがはじめて、占領期の「同胞監視」について「告白」したのが番組の「売り」でしたが、だとしてもなぜ今、70年も前の検閲を「クローズアップ」するのか、そのことが「現代」にどう結びつくのか、番組は明確ではありませんでした。

短時間の番組ですから、掘り下げや説明が不充分なのはしかたがないことです。明確ではないところは、視聴者が想像力で補うしかありません。また、想像力で補えるよう編集・構成された好番組だったと思います。

日本に民主主義を広めようとしていたアメリカがなぜ検閲していたのか

国谷キャスターが占領の目的と手段の「矛盾」を指摘していました。なぜ、民主主義の担い手たるアメリカが、反民主的な検閲をしたのか。誰しもすぐに思い浮かぶ、この問いが番組の入口です。

ただし、天皇を戴く軍国主義国家を民主国家に改造するという当初の占領目的は、その後すぐに変質しました。共産主義革命の浸透と拡大を阻むことが、占領統治に重要な位置を占めることになります。

今では信じられないことですが、終戦直後の日本は革命前夜でした。少なくとも、GHQと日本政府は、左翼勢力が攻勢を強め、巷に革命気運が満ちていると深刻な危機感を抱いていました。したがって、検閲の主たる目的は、左翼勢力やそのシンパの反体制活動を監視することでした。

民主制はともかく、反共について日米の利害は完全に一致していました。以前にも書きましたが、日本の敗戦の直接的かつ最大の契機は、東京大空襲や沖縄玉砕や広島長崎への原爆投下ではなく、ソ連の参戦でした。ソ連軍の満州進攻からわずか5日で、日本はポツダム宣言を受諾しています。

日露戦争の敗戦が、ロシア革命の契機となったように、太平洋戦争の敗戦が、日本革命の契機となることを大日本帝国は何よりも恐れました。(近衛上奏文

当時の日本は、「遅れてきた帝国主義」と総括されますが、帝国主義的野望というより、満州や朝鮮を脅かすソ連の南下を阻むことが最優先課題であり、国際共産主義勢力への危機意識が大陸侵攻の主たる動機でした。

自由と民主主義に反する共産主義を排除することは、アメリカのみならず、戦前から続く日本の主題でした。もちろん、労働者独裁の共産主義思想と天皇統治の國體思想ではまったく相容れないからでもありました。極言すれば、戦前と戦後を通じて、日本の正面敵は、主観的には、ソ連であり国際共産主義勢力だったといえます。

したがって、国谷キャスターの「なぜアメリカは検閲したのか」という入口の問いは、「アメリカが秘密裏に検閲できたのはなぜなのか」と問い直すことで、出口が見えてきます。検閲には、日本側の同意と協力が不可欠ですが、さらに「秘密裏」に行うには日米合作といえるほどの連携が必要だからです。

日本が受諾したポツダム宣言には、降伏条件として次のように明記されています。

(10)言論、宗教、思想の自由及び基本的人権の尊重はこれを確立するものとする。

GHQの日本国民に対する通信の検閲は、明らかにポツダム宣言違反ですから、日本政府には、自国民の基本的人権の侵害に抗議し拒否する、当然の権利がありました。にもかかわらず、実際の検閲業務を下請けする道を日本は選びました。

日米ともに国際法違反を犯す検閲は秘密裏に行う必要があったわけですが、それは後に続く「公然たる秘密」の始まりともいえました。

番組によれば、GHQ民間検閲支隊「CCD」(Civil Censorship Division)で、郵便封筒を開封して英文に翻訳するなど検閲業務に携わった日本の民間人は、4000人もいました。

他にも、監視対象だった当時の日本共産党員や左翼活動家の多くは、自分たちが交わす手紙が検閲され、電話が傍受されていることについて、ほとんど常識として知っていました。彼らは連絡メモは手渡し、公衆電話を使うなど、「革命的警戒心」を怠たらず活動していました。

検閲から得た情報から、集会やデモ、ストライキ、秘密会議の動向をつかみ、彼らを拘束したり取り締まるのは、日本の検察や警察ですから、当然、彼らも知っていました。もちろん、警察を主な取材源とするマスコミも同様に知っていました。

少なからぬ人々にとって、「知られざる」どころか、「秘密」でもなんでもなかったわけです。番組から欠落していて、想像力で補うべきは、そうした「公然たる秘密」が「知られざる」として、なぜこれまで、看過されてきたのかということです。

つまり、検閲はなかば公然であったのに、アメリカに日本が荷担して検閲が行われているという秘密は保たれてきたのです。むしろ、占領期より、サンフランシスコ条約で独立以降の方が、「公然たる秘密」は拡大しながら「非公然化」しました。誰もが、見ない振り、知らない振りをしてきました。

例によって、前置きだけでずいぶん長くなってしまいました。駆け足で先を急ぎますので、もうしばらくおつきあいください。

番組の情報源は、憲政資料館で見つかった民間検閲支隊の日本人検閲官4000人の名簿を追跡調査した早稲田大学の研究でした。しかし、元検閲官たちのほとんどから協力は得られず、なかには「いまさら済んだことを」と手厳しい批判の手紙を送ってきた人もいたそうです。番組でも元検閲官2人の「告白」しか登場しませんでした。

インタビューによれば、「心ならずも食うために」「アメリカのために同じ日本人の手紙を検閲する後ろめたさ」という思いは、日本人検閲官たちに共通していたようです。日英翻訳ができる「東大生や京大生、慶応大学生など、大学生が多数」を占め、占領期が終わり、CCDが解散してからは、「その後、皆さん偉くなった」そうです。

さて、ここで誰しも思い浮かぶ疑問は、元検閲官たちは、なぜ頑なに沈黙を守り続けたのか、ということです。この先は想像力を働かせることになります。大学生が多数を占めた元検閲官たちは、ほとんど例外なく当時の知的エリートといえます。占領期が過ぎた後、「後ろめたい」思いを抱えながらも、その多くが政官財学の中枢に上ったか中堅を歩んだはずです。

秘密検閲や通信傍受などは諜報活動に属し、その分野ではスパイからシンパ、情報屋まで情報源となる幅広い人脈を資産(Asset)と呼びます。アメリカの立場に視点を変えてみれば、社会的地位の高い彼ら4000人の元検閲官は、アメリカが有形無形の影響力を行使できる重要な資産といえます。

元検閲官のほとんどが、早稲田大学の調査協力やNHKの取材依頼に非協力や拒否を貫いたのは、検閲官だった履歴を「後ろめたく」思い、隠しておきたかったからだけでしょうか。70年も沈黙を守り続けた理由が、若き日のたった数年間の苦い思い出だけだったとは思えないのです。

いや、彼らがその後もアメリカの協力者だったのではないかと憶測するのではありません。それは想像力ではなく、勘ぐりというものです。もちろん、その後もアメリカに利用され、また利用した人はいるでしょうし、あるいは一切の関係を避けた人もいるでしょう。

しかし、そうした個々の利害得失より留意すべきは、「心ならずも」得た彼らの属性です。彼らは最初のアメリカ検閲官だったのです。

前記、江藤淳の著作によれば、民間検閲支隊(CCD)が解散してからも、事後検閲という自己検閲は継続されました。新聞・雑誌・書籍・映画、後にTVなどマスコミをはじめとするメディアのテキストや映像を、自らが事前に検閲して自己規制する暗黙のルールといえます。

最初の検閲官だった彼らは、アメリカの検閲の基準や書き換え例を知っていますから、そうした検閲の痕跡を容易に見出せたはずです。

つまり、彼らの戦後とは、政官財学すべてに及ぶ自己検閲とその書き換えを、いやおうなく見せつけられてきた70年間であったとも想像できます。彼らの検閲目的は、共産主義から日本を守るためでしたが、その後の自己検閲はアメリカが占領なき占領を続けるため、日本の従属化を目的として変質していったことも、彼らはよく知るところだったはずです。

日本最大の「秘密」は、つねに彼らの前にありました。彼ら個々の「秘密」など何ほどのことがありましょうか。彼らの沈黙の理由に想像力を巡らすならば、その内訳にひときわ筆圧強く書かれている文字は、「不信」ではないかと思います。

アメリカ国家安全保障局(NSA)が同盟諸国首脳の携帯電話まで盗聴していたと批難されています。日本では経済動向が主な情報収集対象になっているようです。それを報じたニューヨーク・タイムズの記事について、報道陣から問われた小野寺防衛大臣は、「報道は信じたくない」とコメントしました。

コメント中の「報道」は、「情報」や「真実」にも置き換えられます。巨大な「公然の秘密」に接していれば、「信じたくない」という忌避感もわかる気がします。彼らにとって、情報や知識とは、知ったり確かめたりするものではなく、信ずるものだという正直な気持ちをつい吐露してしまったのでしょう。

折から、特定秘密情報保護法案が上程されようとしています。なぜ、「スパイ防止法案」といったわかりやすい名前にしなかったのか。もう想像力などは必要としないでしょう。



(敬称略)
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