大事なことやつい最近の出来事はすぐに忘れてしまい、なかなか思い出せないくせに、昔のくだらない話は覚えているし、ふとしたときに鮮明に思い出したりする。
輪島が死んで、たしかNYTの女性記者が日本ルポに来たときの取材エピソードの記憶がひょっこり出てきた。日本の政財官界、スポーツ芸術分野の主だった人物をインタビューして回った女性記者は、朝日新聞のやはり女性記者の質問に答えて日本印象記を語った。
そのインタビュー記事で、妙齢の彼女は日本の男性の印象について、「日本の男性はとてもシャイだと感じました」といった。「でも、とくに印象に残った男性がいました」と続け、当時、横綱だった輪島の名前を挙げた。
「彼だけが私の目をまっすぐに見て、自分の言葉で話したから」。手元にその記事があるわけではなく、記憶に頼っているから正確ではないかもしれないが、政財界の大物や芸術家などではなく、まっさきに輪島の名前を出したのを意外に思って印象に残ったのだ。
「彼だけが私の目を見て話した」。たぶん、取材された有名人たちは、とりあえず通訳に向いて話したり、不躾に見えないように目をそらしたり、あるいは金髪碧眼長身のインテリ女性に臆したりしたのかもしれない。その頃は、アイコンタクトなどという言葉はなかった。
先進的な経済大国なのにどこか変てこりんな極東の島国を「ディスカバージャパン(古くてゴメン)」しにきた彼女に、相撲の勝負どころや横綱の生活がわかろうはずもないから、輪島の話の内容より、その堂々たる態度がよほど印象深かったのだろう。
髷と回しや浴衣姿なども相まって、ちょっと謎めいて見えたのかもしれない。まあ、輪島には謎などなかったはずで、彼女を直視したのは、輪島がただ女好きだったから、しげしげと眺めたに過ぎないといまでも思っているが。
昔は、相撲の関取、なかでも横綱は大人気で水商売の女性たちからよくモテていたものだ。とりわけ、男らしい風貌と遊び慣れた輪島などはどんな美人でもよりどりみどりだったはず。輪島からしてみれば、毛色の変わった美人を鑑賞しているだけだったかもしれない。もちろん、男盛りの男が女を鑑賞する場合、ルノアールの描く女性を鑑賞するのとは違うわけだが。
そんなちょっぴり官能めいた二人の視線の交差があたのではないかと想像して、にんまり読んだ記憶がある。
かつて日本中の大学がデモと集会で騒然としていた70年前後、ロックアウトした日大側から頼まれて、大学に入ろうとする全共闘の学生たちの前に立ち塞がったのは右翼体育会の猛者たちだった。
なかでも、その巨体で壁となった相撲部の輪島や荒瀬たちに、突撃しては蠅のように叩き潰されていた、長髪痩せっぽちに絵の具などで汚れた白衣をまとった「芸斗委(日大芸術学部闘争委員会)」の諸君などは、輪島の訃報をどのような思いで聞いただろう。
もちろん、私にはそんな身体をぶつけ合った肉感的な思い出はない。あの少年のような率直な視線と、左回しをとってからいつの間にか下手投げに入っている巧緻な取り口を思い出しただけだ。輪島は享年70、荒瀬は59歳ですでに亡い。やはり相撲取りの寿命は短い。
(敬称略)
輪島が死んで、たしかNYTの女性記者が日本ルポに来たときの取材エピソードの記憶がひょっこり出てきた。日本の政財官界、スポーツ芸術分野の主だった人物をインタビューして回った女性記者は、朝日新聞のやはり女性記者の質問に答えて日本印象記を語った。
そのインタビュー記事で、妙齢の彼女は日本の男性の印象について、「日本の男性はとてもシャイだと感じました」といった。「でも、とくに印象に残った男性がいました」と続け、当時、横綱だった輪島の名前を挙げた。
「彼だけが私の目をまっすぐに見て、自分の言葉で話したから」。手元にその記事があるわけではなく、記憶に頼っているから正確ではないかもしれないが、政財界の大物や芸術家などではなく、まっさきに輪島の名前を出したのを意外に思って印象に残ったのだ。
「彼だけが私の目を見て話した」。たぶん、取材された有名人たちは、とりあえず通訳に向いて話したり、不躾に見えないように目をそらしたり、あるいは金髪碧眼長身のインテリ女性に臆したりしたのかもしれない。その頃は、アイコンタクトなどという言葉はなかった。
先進的な経済大国なのにどこか変てこりんな極東の島国を「ディスカバージャパン(古くてゴメン)」しにきた彼女に、相撲の勝負どころや横綱の生活がわかろうはずもないから、輪島の話の内容より、その堂々たる態度がよほど印象深かったのだろう。
髷と回しや浴衣姿なども相まって、ちょっと謎めいて見えたのかもしれない。まあ、輪島には謎などなかったはずで、彼女を直視したのは、輪島がただ女好きだったから、しげしげと眺めたに過ぎないといまでも思っているが。
昔は、相撲の関取、なかでも横綱は大人気で水商売の女性たちからよくモテていたものだ。とりわけ、男らしい風貌と遊び慣れた輪島などはどんな美人でもよりどりみどりだったはず。輪島からしてみれば、毛色の変わった美人を鑑賞しているだけだったかもしれない。もちろん、男盛りの男が女を鑑賞する場合、ルノアールの描く女性を鑑賞するのとは違うわけだが。
そんなちょっぴり官能めいた二人の視線の交差があたのではないかと想像して、にんまり読んだ記憶がある。
かつて日本中の大学がデモと集会で騒然としていた70年前後、ロックアウトした日大側から頼まれて、大学に入ろうとする全共闘の学生たちの前に立ち塞がったのは右翼体育会の猛者たちだった。
なかでも、その巨体で壁となった相撲部の輪島や荒瀬たちに、突撃しては蠅のように叩き潰されていた、長髪痩せっぽちに絵の具などで汚れた白衣をまとった「芸斗委(日大芸術学部闘争委員会)」の諸君などは、輪島の訃報をどのような思いで聞いただろう。
もちろん、私にはそんな身体をぶつけ合った肉感的な思い出はない。あの少年のような率直な視線と、左回しをとってからいつの間にか下手投げに入っている巧緻な取り口を思い出しただけだ。輪島は享年70、荒瀬は59歳ですでに亡い。やはり相撲取りの寿命は短い。
(敬称略)