コタツ評論

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一足お先に後ずさり

2019-08-06 22:19:00 | 政治
小田嶋隆さんのところで、先にやられてしまったので、ボツにしようと思ったが、最近、更新していないのを気にして、だいぶんはしょって掲載します。

志らく 展示中止の慰安婦象徴像「多くの人には反日像」「許さないという結果出た」
https://www.daily.co.jp/gossip/2019/08/05/0012580578.shtml

志らくもまた、談志の後を追うのか。談志もまた、おもしろくもおかしくもない「政談」を枕に振るようになって、観客や世間の人々を呆れさせたものだ。

「これを「平和の少女像』という人がいることが、不思議でしょうがない」

「反日の少女像」ではなく「平和の少女像」と思ってほしいと云い、タイトルを付けたのは、この像を制作した韓国の彫刻家、キム・ウンソン氏である。

志らくの談話では、あたかも展示会関係者である日本人の誰それが云ったと受け取れる。誤導か印象操作にしか思えない。まさか、作者自身の命名を批判したのではないかぎり。

「こういうことをやると日本人の多くは不愉快に思って許さないという結果は出た」

古今東西、不愉快、不快、嫌悪感をともなう「芸術作品」は数多ある。だからといって、展示を許さないという道理はない。などといっても、意味はない。「日本人の多く」は「結果は出した」という「事実」に「基づいて」いるからだ。

「赤信号みんなで渡れば怖くない」。いや、その「みんな」のなかに「自分」がいるのか、あるいは傍観しているのか、不明な分、ずいぶん卑怯な物言いだろう。

「韓国の人はそうかもしれない、日本人にとっては多くの人が反日の像だと思っているんでしょ」

はからずも、ここで日韓のこの問題に関心ある人々の事実を巡る本質的なギャップに迫りながら、

「芸術ならば、これを反日像だと思ってる人が見ても思わず感動して涙を流す、そういう物を私は展示してほしい」

という誰もが不得要領顔になる「お約束」の「公平」な「私の意見」を出して締めたのに、さらに呆れた。やっぱり、終始、破綻しっぱなしの談志の「政談」とは一緒にはできない。「芸術」や「反日像」を「落語」や「噺」に置き換えて、師匠である談志に同じことが云えるのか。

閑話休題、韓国の人が「不思議」なのではなく、日本人こそ「不思議」か「奇怪」ではないか。韓国の人々は日本の「過去」について、清算を求めている。だから、「歴史問題」なのだ。

いつから、「日本人の多く」は近過去の戦争と侵略を擁護し、その批判に対しては「反日」として不愉快に感じ、許さないと思うのは当然だ、ということになったのか。

安倍首相は、国として従軍慰安婦の事実を認め、国を代表して謝罪をしてみせるという、歴代内閣の誰もが成しえなかった歴史的英断を示した。志らくの云う「日本人の多く」に安倍首相は入っていないらしい。

(敬称略)


コメント
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