アメリカのボクシング映画といえば、スタローンの「ロッキー」が典型的だが、下層階級の若者が自らの拳ひとつを頼りに、家族や町の人々の応援を力に、世界チャンピオンをめざして、人生を切り開いていく物語だ。洩れなくそうだ。この「ザ・ファイター」もそうだ。しかし、主人公は世界ウェルター級チャンピオンになるミッキー・ウォードではない。なんと、セコンドなのだ。ボクシングチャンピオンを支える裏方にスポットライトを当てた? とんでもない。
セコンドをつとめるこの兄は、かつてシュガー・レイ・レナードをダウンさせたことが自慢の「ローウェルの誇り」と呼ばれた名ボクサーだった。ハンサムで華麗な変則スタイルの兄ディッキーは、ドラッグに溺れて何度も警察沙汰を起こす町の鼻つまみ者ながら、相変わらず脳天気でハイな「町の英雄」として、ファイタータイプの現役のランキングボクサーである弟より人気者でもある。このボクシング映画は、このセコンドの兄ディッキーの再生の物語であり、ダウンしながら立ち上がって苦戦をものする弟ミッキーの試合より、ドラッグと破天荒な生活から兄ディッキーが立ち直れるかどうかに、ずっとハラハラさせられる映画なのだ。
マシニスト(2004)で、骨と皮まで痩せてみせて観客を驚愕させたクリスチャン・ベールが、瞳ばかりギラギラさせたヤク中らしい痩身をくねらせてダッキングするのだから、アメリカン・サイコ(2000) やバットマン ビギンズ(2005) に出演したときのエレガントな美青年とは別人のようだ。このボクシング物語は実話だそうで、最後に本物の現在のミッキーとディッキーが登場する。クリスチャン・ベールが、どれほどディッキーに似せたのかに驚き、これほど魅力的な人物が実際にいたのだとニンマリする。「クワッカー!」というディッキーの口癖が耳に残る。