「スワガーサーガ」シリーズのベストセラー作家であるスティーブン・ハンターは、つい最近までワシントン・ポスト紙の映画批評を担当して、ピュリッツアー賞批評部門を受賞するほどの著名な映画批評家だったが、「アメリカ映画が新たな”低み”に達した」ことから、「塞ぎの虫」を起こし、山田洋次監督の「たそがれ清兵衛」を観るまで「復活できなかった」と近作『47番目の男』(扶桑社文庫)の謝辞で述べている、ところまでが前回のお話。
では、一流紙で活躍する、ピュリッツアー賞を受けたほどの映画批評家をして、「アメリカ映画が新たな”低み”に達した」、と慨嘆させた「アメリカ映画」とは何か。具体的にはどの映画作品を指すのか。探してみたのだが、結果としては、見つからなかった。もちろん、俺の不自由な英語力が障害になったわけだが、その検索の途中で見つけた、スティーブン・ハンターの映画評は、なかなかおもしろかった。
日本語で書かれていない、英語の映画批評を読むのは、ほとんど初体験だったのに、かなり同意同感できたのは、
①芸術映画より、いわゆるB級映画に愛着を抱いているらしい
②筋を重視し、俳優のキャスティングや演技について語りたがる
③ファンタジーは認めるがCGなどを駆使したビジュアル映画をあまり好まない
などが、俺と共通しているからかもしれない。いうまでもなく誤読している可能性はかなり大きいのだが、興業や観客を含めたジャーナリスティックな語り口に加え、ときに辛辣になっても、「ゴジラ」のファンだったような「映画館の子ども」が抱き続ける映画へ偏愛がうかがえて、親しみを覚えた。
前記のハンターの謝辞にも紹介されている「スティーブン・ハンター非公式サイト」から、ピュリッツアー賞のサイトで、2003年のCriticism受賞者であるstephen hunterのworkで、2002年に発表されたいくつかの映画批評を読むことができる。
http://www.pulitzer.org/citation/2003-Criticism
カンヌ映画祭のルポやビリー・ワイルダー監督について語り、作品としては、ジャック・ニコルソン主演の老人ロードムービー「アバウト・シュミット」、平凡なカップルが偶然見つけた穴は、怪優ジョン・マルコヴィッチの脳内に通じていた「マルコヴィッチの穴」、マーティン・スコセッシ監督、ディカプリオ主演の「ギャングオブニューヨーク」、トム・ハンクスが子連れの殺し屋に扮した「ロードトゥパーディション」、「シカゴ」では、レニー・ゼルウィガーについて、書いている。
「アバウト・シュミット」のジャック・ニコルソンを紹介するのに、
with no Jack, no famous eyebrows or wolfish leer in sight.
<この映画のジャックは、あの有名な眉と残忍な流し目のジャックではない>というぴったりの表現が出てきて嬉しい。
また、「ロードトゥパーディション」について、
It is said to be inspired by Kazuo Koike and Goseki Kojima's graphic novel series "Lone Wolf and Cub," about a masterless samurai on the road with his small son.
<小池一夫と小島剛夕の劇画『子連れ狼』から、インスパイアされたといわれている>が、本家には及ばないといっているところなど、ワシントンポストの読者に向けて、『子連れ狼』を周知のように書く、ハンターの権威と恣意に感心した。
また、「ハリー・ポッター」シリーズを取りあげ、graphic novelの映画化を次のように批判もしている。
You write/draw a graphic novel, Hollywood buys it, and you go to the local bijou and see it 25 feet tall with beautiful people playing characters that began as slivers of your id.In other words, the picture book was better than the movie.
<言い換えれば、絵本は、映画よりも優れていた>という痛烈な結び。もしかすると、このあたりが、「アメリカ映画が新たな”低み”に達した」と関係しているかもしれない。俺の英語力が不自由でなければ、翻訳して載せたいくらいだ。誰か奇特な人はいませんか?
ピュリッツアー賞の批評部門で受賞したのが2003年、主な映画批評を収録した、以下の本が出版されたのが2005年。ちなみに、ピュリッツアー賞の賞金は7500ドル。意外に少額である。『バレンシアで上映中』というタイトルか? もちろん、日本では未刊のようだ。
Now Playing at the Valencia : Pulitzer Prize - Winning Essays on Movies (2005)
さて、前記の「謝辞」が掲載された『47番目の男』の刊行は2007年。「謝辞」には、「アメリカ映画が新たな”低み”に達した」ことから、「塞ぎの虫」を起こし、山田洋次監督の「たそがれ清兵衛」を観て直ちに「復活」し、それから日本の「サムライ映画」を2年間観まくって、忠臣蔵四十七士討ち入りをモチーフとした『47番目の男』を書いたとある。
2007年の2年前は、2005年。「新たな”低み”に達した」アメリカ映画とは、2005年にアメリカで公開された映画と推測することもできるが、『47番目の男』の執筆時期が正確にわからないから、「アメリカ映画が新たな低みに達した」とハンターがみなした映画は、2003~2005年の間に公開されたと推測できる。
これは膨大な数になる。そこでとりあえず、2005年にアメリカで公開された映画を検索してみた。「アメリカ映画が新たな”低み”に達した」と位相を指摘しているのだから、どれかはそれに当たるはずだが、やはり、ほとんど見当がつかない。その一部を拾ってみたのが、以下である。
ザ・フィースト (Feast)
イカとクジラ (The Squid and the Whale)
ウォルマート/世界一の巨大スーパーの闇
(Wal-Mart: The High Cost of Low Price)
エンロン 巨大企業はいかにして崩壊したのか?
(Enron: The Smartest Guys in the Room)
クラッシュ (Crash)
ソウ2 (Saw II)
トランズアメリカ (Transamerica)
ブロークバック・マウンテン (Brokeback mountain)
ブロークン・フラワーズ (Broken Flowers)
ホステル (Hostel)
シン・シティ(SIN SITY)
スター・ウォーズ エピソード3/シスの復讐
(Star Wars Episode III: Revenge of the Sith)
ハリー・ポッターと炎のゴブレット
(Harry Potter and the Goblet of Fire)
イカとクジラ、クラッシュ、ブロークバック・マウンテンは秀作とされているし、トランズアメリカ、ブロークン・フラワーズは佳作といえ、ウォルマートやエンロンはドキュメンタリだから、除外されるべきだろう。
やはり、「スター・ウォーズ エピソード3/シスの復讐」や「ハリー・ポッターと炎のゴブレット」あたりを、ハンターは「低み」ととらえたのだろうか。「ホステル」や「ソウ2」なら、誰が観たって「低い」し、その「低み」こそが志しといえるから、「高み」にあるとされる作品を指すのだろう。
「スター・ウォーズ」や「ハリー・ポッター」シリーズを俺がほとんど観ていない理由は、子どもが出てくる子ども向けの映画は興味がない、というに過ぎず、だからハンターが評価しているらしいトールキン原作の「指輪物語」も観るつもりはないのだから、こうしたいわゆるファンタジー映画というジャンルの作品がどう変化しているのか、まったく不案内だ。
ただ、誰もが観ている有名な映画について、誰もいわない指摘をするのが優れた映画批評と思っているので、ハンターの「新たな”低み”に達したアメリカ映画」への興味はますます高まった次第。知っている人がいたら教えて下さい。
(敬称略)
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