Zooey's Diary

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「仏果を得ず」

2021年02月02日 | 

文楽に情熱を傾ける若者の奮闘を描く青春小説です。
人形浄瑠璃文楽は、語り部である義太夫(ぎだゆう)、話を引き立てる三味線、人形を操る人形遣いが一体となって舞台が進められます。
健(たける)は、修学旅行で観た文楽公演をきっかけに夢中になり、研修所を経てその世界に飛び込みます。

日本の伝統芸能は世襲制が多いようですが、日本芸術振興会では年一回研修生を募集し、文楽や歌舞伎の伝承者を養成しているのですね。
つまり一般人であっても、その世界に飛び込めるということです。
しかし、やはり生まれた時からその世界にいた人間とそうでない人間との差は厳しいようで、この小説の中でも、あれは研修所上がりだからという言葉が使われていました。

文楽という特殊な世界で一人前の太夫になろうと、寝ても覚めても文楽のことを考える健。
師匠の銀大夫は文楽界の重鎮だが、我儘放題なくせに奥さんには頭が上がらない老人。
健のパートナーとなる三味線の兎一郎もかなりの変わり者で、健の味方なのか敵なのか、読み進まないと分からない。
そして健と恋に落ちるシングルマザーの真智。
健と、彼を取り巻くこれらの人間たちのやり取りが、テンポの良い関西弁で交わされます。

真智が初めて健の部屋を訪れるシーン。
”「どうしはったんです。なんでここに…」
「なあ。まどろっこしいことは、なしにせえへん?」
真智は砕けた口調で、健をさえぎった。
「あんた、うちのこと好いとるやろ?」
「はい」と健は言った。声がかすれた。
「服を乾かしたいわ。部屋に上げて」”

恋愛では主導権を取られっ放しの健も、文楽の舞台では豹変します。
「仮名手本忠臣蔵」の義太夫を、健が必死に語るシーン。

”「思へば思へばこの金は、縞の財布の紫魔黄金。仏果を得よ」
ああ、哀れなり忠臣卿右衛門。いつも綺麗事ばかりで道を外さぬあんたは、けっしてこの境地に辿り着けやしないんだ。勘平の、俺の、すべてを捨て去った、捨てざるを得なかった気持ちは決してあんたには分からない。
 金色に輝く仏果などいるものか。成仏なんか絶対にしない。
生きて生きて生きて生き抜く。俺が求めるものはあの世にはない。
俺の欲するものを仏が与えてくれる筈がない。
勘平は最期の力を振り絞って絶叫する。
「ヤア仏果とは穢らはし。死なぬ死なぬ。魂魄この土にとどまつて、敵討ちの御供する!」”

「仏果を得ず」とはここから取ったのですね。
聞き慣れないタイトルと、少女漫画のようなポップな絵に彩られた表紙。
一体どんな小説なのか見当もつきませんでしたが、普段まるで縁のない世界が垣間見られて中々面白かった。
そういえば私の祖父は文楽が好きで、小さい頃に連れて行かれた思い出があります。
残念ながら私には、退屈だった覚えしかないのですが…

仏果を得ず」 

コメント (7)
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