goo blog サービス終了のお知らせ 

Zooey's Diary

何処に行っても何をしても人生は楽しんだもの勝ち。Zooeyの部屋にようこそ!

「風神雷神」 

2021年02月27日 | 

著者は、京都を舞台にしたアート小説をと京都新聞から依頼されたのだそうです。
そこで思い浮かんだのが、京都国立博物館にある国宝、俵屋宗達の「風神雷神図屏風」。
宗達の生涯は謎だらけということですが、1570年頃の生まれということは分かっているらしい。
そしてその安土桃山時代の1582年に、天正遣欧使節団が派遣されていたという史実。
この二つのことから、宗達を遣欧使節と一緒にローマに行かせてしまうのですから、作家の想像力って凄いですねえ。

京都の扇屋に生まれた天才少年絵師・宗達は、織田信長にその才能を気に入られる。
狩野永徳と共に描き上げた「洛中洛外図」を、信長の命によりローマの教皇のもとにまで届けることになる。
伊藤マンショ、千々石ミゲル、中浦ジュリアン、原マルチノからなる少年使節団と共に。
彼らは3年をかけてマカオ、インド、ポルトガル、スペイン、地中海を経てローマに向かう。
命懸けで辿り着いた彼の地にはまた、教皇グレゴリウス13世以外にも思いがけない出会いが待っていた。



1581年に信長がイエズス会宣教師ヴァリニヤノに狩野永徳筆の「安土山図屏風」を贈り、それが少年使節団によってローマ教皇グレゴリウス13世に献上されたということは、史実であるようです。
その後、絵は行方不明になっているようですが、こんな感じの物であったらしい。
あの時代にローマまで旅をするということが、どれほどの困難を極めたものであったことか。
遥かなる欧州の地で、想像を絶する異文化に彼らがどんなに感動したか、極東の地からやってきた高貴なる使者として、彼らがどんな歓待を受けたことか。
単行本上下2冊で描き上げるのは無理があるようで、かなり端折ってあるのは残念ですが、天衣無縫な少年宗達の目を通しての、そういった様子を読めるのは楽しいものです。

副題の「ユピテル、アイオロス」というのは「風神雷神」のラテン語名。
スペインでギリシヤ神話の絵を観た宗達は説明を聞くまでもなく、光の槍を手にした勇壮な「ユピテル」は雷神、風邪の袋を担ぎ青白い顔をした「アイオロス」は雷神だと気が付いた、というのです。
帰路を含めて8年もの歳月をかけて彼らが帰国した後、どんな運命が待ち受けていたのかを我々は知っているだけに、おもしろうてやがて悲しき冒険物語でした。

風神雷神」 


コメント (7)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする