極東極楽 ごくとうごくらく

豊饒なセカンドライフを求め大還暦までの旅日記

萱と連帯と孤立

2009年09月30日 | 時事書評



雨降りて 露に濡れにし 虎斑萱 そっと苅りとり 生けて輝く




ブログを書き出して話題にはことかかないことが分か
った。問題は優先順位の按配と時間が足りないという
ことだ。例えば、宇尾白山神社の宮世話での課題とし
た、灯籠、提灯の安全性と利便性の点で、蝋燭からL
EDの電飾化もほぼ達成。提灯用にはしょう照度が足
らないといことで、やまと興業が妥当だという結論に
至る。

イメージ ID=000004 イメージ ID=000006
 
特許:P1999-86602

電源は単5型乾電池3本 連続10時間点灯。しかし、
充電式でない。早速、「提灯用ろうそく形光源」(概
要図同上)の特許を調べ、起電圧を調節すれば充電可
能だということが分かる。しかし、実際的には市場に
出回るまで待たなければだめだが、日本中の神事に対
応するなら独自に製造しても良いかなという、多少黄
ばんだ話しにも展開しそうだ(実は、彦南エレクスに

相談し断念している)。


 

次に、ノンアルコールビールの試飲。アサヒのポイン
トゼロとキリンのフリーだけしかなかったので(ビア
テイスト飲料は数多くある)、
リカーマウンテンで買
う。キリンに軍配、アサヒは醪臭のする後味が尾を引
き嫌気。キリンはカラメル味が残る喉越しのすっきり
感が好印象。しかし、ほろ酔い感が伴わないのないの
は奇妙な感じだ。残り、サッポロ、サントリーは後日。
爆発的な売れ行きと店員の話だが、一過性に終わる可
能性もありそうだ。


 

その次は、鬱病対策の続きの「精神の抵抗力の衰弱」
の話しだが、
谷川雁の再評価に繋がるということで図
書館で彼の詩集を借りる。というのも「連帯を求め孤
立を恐れず。力及ばずして倒れることを辞さないが、
力尽くさずして挫けることを拒否する」(谷川雁「工
作者の死体に萌えるもの」)のエネルギーを探り回顧
する(参考【週刊読書人】「特集 いま甦る谷川雁
2009年7月17日号/
鵜飼哲)。


  おれたちの革命は七月か十二月か
 鈴蘭の露したたる道は静かに禿げあがり
 継ぎのあたった家々のうえで
 青く澄んだ空は恐ろしい眼のようだ
 
 鐘が一つ鳴るったら おれたちは降りてゆこう
 ひるまの星がのぞく土壁のなか
 肌色の風にふかれる恋人の
 年へた漬物の香に膝をつくために

 
 革命とは何だ 瑕のあるとぴきりの黄昏
 やつらの耳に入った小さな黄金虫
 はや労働者の骨が眠る彼方に
 ちょっぴり水蜜のようにあらわれた夕立だ

 仙人掌の鉢やめじろの籠をけちらして
 空はあんなに焼け……
 おれたちはなおも死神の真白な唾で
 悲しい方言を門毎に書きちらす
 ぎ な の こ る が ふ の よ か と
 (残った奴が運のいい奴)

              「革命」/谷川雁詩集



田中純は、谷川の文体は鋭い分析で社会認識を促し、
集団的実践を激しく煽動する。つまり、それは高度に
政治的なのである。そんな政治的詩語の典型が、大衆
と知識人の両方に鋭く対立する「双頭の怪獣」のよう
な「工作者」であり、その工作者が向かうべき、反動
思想の根の末端であると同時に革命思想の芽でもある
ような、「思想の乳房」としての「原点」である。こ
れらの言葉は、異様な緊張感を孕んだまま、いまだに
古びていないと評す。



 ふるさとの悪霊どもの歯ぐきから
 おれはみつけた 水仙いろした泥の都
 波のようにやさしく奇怪な発音で
 馬車を売ろう 杉を買おう 革命はこわい

 なきはらすきこりの娘は
 岩のピアノにむかい
 新しい国のうたを立ちのぼらせよ

 つまずき こみあげる鉄道のはて
 ほしよりもしずかな草刈湯で
 虚無のからすを追いはらえ

 あさはこわれやすいがらすだから
 東京へゆくな ふるさとを創れ
 
 おれたちのしりをひやす苔の客間に
 船乗り 百姓 旋盤工 坑夫をまねけ
 かぞえきれぬ恥辱 ひとつの眼つき
 それこそ羊歯でかくされたこの世の首府

 駈けてゆくひずめの内側なのだ

          「東京へゆくな」/谷川雁詩集


そして、田中は「谷川はベルリンの壁崩壊を、資本主
義が「単一世界権力」の創出へと向かう過程の始まり
と見ていた。透徹した認識と言うべきだろう。彼がそ
の頃手がけていたのは、子供たちが宮沢賢治の童話を
演じる「人体交響劇」だった。この工作者は晩年にお
いてなお、幼児や少年少女の身体を通して、単一世界
権力に毒を盛る、白昼夢に似た文化革命を追求してい
たのであると結ぶ。

Channel Icon 新実徳英/谷川雁「南海譜」、「なまずのふろや」

鵜飼哲はこの点を人間中心主義のかなたの、「権力止
揚の回廊」などに含まれる「未知の平等を幻視」と私
有制の終焉は遠く、国家は死滅せず、主権国家の並立
はやがて統一世界政府の絶対主権へと高次化され、「
単一世界権力対ひとりの個人」の残酷な構図と向き合
わなければならない「単一世界権力との対峙」とに抽
象する。そして、いま当に彼が想定したように、世界
は巨大な矛盾を孕む多極的なプラズマ場に突入しよう
とする時代に遭遇している。わたし流に表現すれば「
国際官僚機構」との格闘ということになる。



 新実徳英

今日はじめて知ったのだが、作曲家の新実徳英と谷川
雁作詞で沢山のコーラス曲を作曲していることに驚く。
ここだけの話しだが?CD「白いうた 青いうた/あ
したうまれる」のなかで「われもこう」がある。そう
杉本眞人と石川さゆりの「吾亦紅」と同じで勘違いし
そうだった。これは、今晩は熱燗でしみじみ飲むしか
ないか ^^;。

 吾亦紅

北の女房  石川さゆり  Ishikawa Sayuri 吾亦紅 - すぎもとまさと






高円の 野辺の秋萩 いたづらに 咲きか散るらむ 見る人なしに
                
                        笠朝臣金村

          
ススキ(芒、薄)とは、イネ科ススキ属の植物。萱(
かや)、尾花ともいう。野原に生息するごく普通な多
年生草本である。夏から秋にかけて茎の先端に長さ20
~30cm程度の十数本に分かれた花穂をつける。花穂は
赤っぽい色をしているが、種子には白い毛が生えて、
穂全体が白っぽくなる。種子は風によって飛ぶことが
できる。日本には全国に分布し、日当たりの良い山野
に生息している。地上部は夏緑性で、冬には枯れるの
が普通であるが、沖縄などでは常緑になり、高さは5m
に達する。





北面の空き地には背丈2m位の矢筈薄(やはずすすき)、
虎斑薄(とらふすすき)を草刈りの時必ず残している。
生け花にしたいと願い出るひとたちに分けている。斑
が美しい虎斑薄を剪定し飾る。細やかな季節の気遣い
を生ける。

  矢筈薄

かつては農家で茅葺屋根の材料に用いたり、家畜の餌
として利用することが多かった。そのため集落の近く
に定期的に刈り入れをするススキ草原があり、これを
茅場(かやば)と呼ぶ。未成熟の穂を食用とする地域
もある。秋の七草の一つ「ススキ」。花言葉は「活力」
「隠退」。


  

新政権に変わってから興味深い話題が連日報道されて
いる。実に面白い(ダイヤモンドオンライン「
山崎元
のマルチスコープ
」)。そんなことに感心していたら、
労働組合運動の活動で、貨幣制に替えて労働証書制に
換えてみてはどうかと先輩に尋ねてみたら、即座に「
それは面倒だ」と一蹴され、なるほどと感心した記憶
が甦った。


山崎元の画像 山崎元

地域貨幣にしろ、クーポン券にしろ、通貨制にしろ、
そのものは信用付与という使用価値しかないが、これ
が為替取引などで使用されると剰余価値が生じるとい
う幻想過程に包括される。貨幣(金貨)を媒体にする
ことは貨幣の製造及びその流通管理の必要経費が生じ
生産された剰余価値から差し引くことになる。これを
潜在的な必要インフレと定義しよう。同じように貨幣
経済では、このほかに、先行投資にともなうものを産
助インフレ(或いは所要インフレ)、対費用効果が低
く財政規律を悪化させるものを財政インフレとし、デ
フレータ(価格修正指数)など市場調節として行使さ
れるものを調整インフレ、そして市場の失敗及び政府
の失敗で生じるインフレを悪性インフレと定義しよう。


小宮隆太郎 小宮隆太郎


なぜこんなことを書くのか?貨幣経済をとる限り調整
インフレがどのような形態で発動されようとも必要な
ことだとする思想を肝にして政策を推進する。これを
政策的通貨膨張主義と呼ぼう。これは経済活動の包括
的数理解析技法の深化も意味する。


コメント
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