一昨夜Dommuneで「Tokyo Rotation東京回転」特集をやっており、METHOD OF DEFIANCE=ビル・ラズウェル+近藤等則+山木秀夫+DJ Krushが出演、スタジオ・ライヴを披露したらしい。
残念ながら私は演奏には間に合わなかったが、その後の近藤さんの「地球を吹く」特集を観れた。これは近藤さんが世界中の秘境を旅して、そこで大自然との共演を行なうという壮大な企画である。
地球を吹くHP
近藤等則さんは1970年代日本のフリージャズ・シーンを代表するトランペッターで、山下洋輔さんや浅川マキさんなどのアルバムに参加している。1978年には渡米し様々なミュージシャンと共演、デレク・ベイリーのカンパニーやミシャ・メンゲルベルクのICPオーケストラに参加してもいる。
1980年代前半には海外のフリージャズ・ミュージシャンの招聘を行い、今は無き法政大学学生会館ホールでライヴを数多く企画していた。私も何度か観に行ったのだが、ペーター・ブロッツマン(ts,ss)やトリスタン・ホンジンガー(cello)、ポール・ラザフォード(tb)などが出演したのを覚えている。また1982年にはミシャ・メンゲルベルク&ICPオーケストラの初来日公演にも参加、海外の兵達の向こうを張って孤軍奮闘していた。私はこの頃のライヴを熱心にカセットで録音したものだった。そのカセットは今は何処へ行ったか分からないが・・・。
1980年代半ばには「近藤等則 & IMA」を結成、フリクションのレック氏も参加し、硬質なファンク・ジャズを展開した。
1997年から「地球を吹く」を開始、現在もジャンルを超えた音楽活動をしている。
実は私は一度近藤さんを引っぱたいたことがある。混雑した井の頭線の列車の中でたまたま同じ車両になり、私が降車するときに吊り革を掴んでいた手が偶然に近藤さんの頭にぶつかったのだ。「スミマセン!」と謝ったものの、近藤さんの苦々しげな顔が忘れられない。
近藤さん
EEUを
聴いてます
EEUとはEvolutional Ensemble Unityの略で、1970年代後半近藤さんが高木元輝さん(ts)、吉田盛雄さん(b)と組んでいたフリージャズ・ユニット。間章さんの肝いりで"ジャズの新しい地平"を目指す活動をしていた。
残念ながら私は演奏には間に合わなかったが、その後の近藤さんの「地球を吹く」特集を観れた。これは近藤さんが世界中の秘境を旅して、そこで大自然との共演を行なうという壮大な企画である。
地球を吹くHP
近藤等則さんは1970年代日本のフリージャズ・シーンを代表するトランペッターで、山下洋輔さんや浅川マキさんなどのアルバムに参加している。1978年には渡米し様々なミュージシャンと共演、デレク・ベイリーのカンパニーやミシャ・メンゲルベルクのICPオーケストラに参加してもいる。
1980年代前半には海外のフリージャズ・ミュージシャンの招聘を行い、今は無き法政大学学生会館ホールでライヴを数多く企画していた。私も何度か観に行ったのだが、ペーター・ブロッツマン(ts,ss)やトリスタン・ホンジンガー(cello)、ポール・ラザフォード(tb)などが出演したのを覚えている。また1982年にはミシャ・メンゲルベルク&ICPオーケストラの初来日公演にも参加、海外の兵達の向こうを張って孤軍奮闘していた。私はこの頃のライヴを熱心にカセットで録音したものだった。そのカセットは今は何処へ行ったか分からないが・・・。
1980年代半ばには「近藤等則 & IMA」を結成、フリクションのレック氏も参加し、硬質なファンク・ジャズを展開した。
1997年から「地球を吹く」を開始、現在もジャンルを超えた音楽活動をしている。
実は私は一度近藤さんを引っぱたいたことがある。混雑した井の頭線の列車の中でたまたま同じ車両になり、私が降車するときに吊り革を掴んでいた手が偶然に近藤さんの頭にぶつかったのだ。「スミマセン!」と謝ったものの、近藤さんの苦々しげな顔が忘れられない。
近藤さん
EEUを
聴いてます
EEUとはEvolutional Ensemble Unityの略で、1970年代後半近藤さんが高木元輝さん(ts)、吉田盛雄さん(b)と組んでいたフリージャズ・ユニット。間章さんの肝いりで"ジャズの新しい地平"を目指す活動をしていた。