今日は静岡へ行った。近代史研究会の総会+記念講演があったからだ。
さて講演であるが、私にはまったく面白くなかった。「戦後日本の地域社会・文化運動とその思想ー敗戦~1950年代を中心に」というテーマであった。
何が面白くなかったか。
先ず第一に、このテーマについて研究・講演することで、いったい何を明らかにしようとしているのかわからなかったこと。おそらく「戦後初期の運動と1950年代の運動」とが「断絶」していることが主張したかったことの一つであろうが、しかしそのため数多くの資料がレジュメに掲載されていたけれども、それらが整理されていないので(たとえば戦後初期の資料と1950年代のそれとを峻別して掲載するとかすればよかった)、論点が明確でなかった。
また推測すれば、1950年代には「生活者の思想の発見」があった、戦後地域の文化運動には「民衆的知識人・組織者・編集者」がいた・・・ということも、主張したいことだったのだろう。だとするなら、なぜ資料をそういう結論に持って行くべく整理しないのかと思った。
第二に、テーマから考えると、講演者は秋田、山形、岩手をフィールドにしているが、なぜそこなのかがわからない。ちょうど資料が残存していたからだということを講演の後の質疑応答で答えていたが、それでよいのだろうか。「地域社会・文化運動」とテーマにしているのであるから、なぜそのような文化運動が「その」地域に出現したのかが説明されなければならない。ちょうどそこに「民衆的知識人」がいたから・・では、どうもお粗末ではないか。
地域史は、その地域の歴史であると同時に、普遍性を持ったものでなければならない。その地域にとっての個別的な歴史が同時に日本や世界の歴史につながるような(あるいは当該期の歴史の本質を現すような)、そういうものでなければならないだろう。
またその地域の動向が、静岡県の歴史と通じるようなものであるか、あるいは全く逆に他の地域はこうだったけれども、この地域だけ異なる、その理由はこれこれだ・・・・とうのも面白い。
今日の講演は、当該地域の分析がまったくない。講演者は「表象」による研究を批判していたが、この講演こそが「表象」的な研究ではないかと思ってしまう(「的」をつけているところが重要!!)。
第三に、「地域社会」というとき、講演者は秋田、岩手、山形をフィールドとしているのだが、そこに『思想の科学』や『人生手帖』が紛れ込む。何、これ!!まだ『思想の科学』については、この地域の人々との関係を持たせているが、『人生手帖』については全く独立している。地域社会の文化運動との関連は説明されず。
私は実は今日の講演にはまったく期待を持っていなかった。にもかかわらずなぜ静岡に行ったのかというと、スポーツウェアなんぞを発売しているモンベルの店が静岡県で始めてオープンしたのでそこに行ってみようと思ったからだ。こちらが第一で、講演会は「ついで」。
さて講演であるが、私にはまったく面白くなかった。「戦後日本の地域社会・文化運動とその思想ー敗戦~1950年代を中心に」というテーマであった。
何が面白くなかったか。
先ず第一に、このテーマについて研究・講演することで、いったい何を明らかにしようとしているのかわからなかったこと。おそらく「戦後初期の運動と1950年代の運動」とが「断絶」していることが主張したかったことの一つであろうが、しかしそのため数多くの資料がレジュメに掲載されていたけれども、それらが整理されていないので(たとえば戦後初期の資料と1950年代のそれとを峻別して掲載するとかすればよかった)、論点が明確でなかった。
また推測すれば、1950年代には「生活者の思想の発見」があった、戦後地域の文化運動には「民衆的知識人・組織者・編集者」がいた・・・ということも、主張したいことだったのだろう。だとするなら、なぜ資料をそういう結論に持って行くべく整理しないのかと思った。
第二に、テーマから考えると、講演者は秋田、山形、岩手をフィールドにしているが、なぜそこなのかがわからない。ちょうど資料が残存していたからだということを講演の後の質疑応答で答えていたが、それでよいのだろうか。「地域社会・文化運動」とテーマにしているのであるから、なぜそのような文化運動が「その」地域に出現したのかが説明されなければならない。ちょうどそこに「民衆的知識人」がいたから・・では、どうもお粗末ではないか。
地域史は、その地域の歴史であると同時に、普遍性を持ったものでなければならない。その地域にとっての個別的な歴史が同時に日本や世界の歴史につながるような(あるいは当該期の歴史の本質を現すような)、そういうものでなければならないだろう。
またその地域の動向が、静岡県の歴史と通じるようなものであるか、あるいは全く逆に他の地域はこうだったけれども、この地域だけ異なる、その理由はこれこれだ・・・・とうのも面白い。
今日の講演は、当該地域の分析がまったくない。講演者は「表象」による研究を批判していたが、この講演こそが「表象」的な研究ではないかと思ってしまう(「的」をつけているところが重要!!)。
第三に、「地域社会」というとき、講演者は秋田、岩手、山形をフィールドとしているのだが、そこに『思想の科学』や『人生手帖』が紛れ込む。何、これ!!まだ『思想の科学』については、この地域の人々との関係を持たせているが、『人生手帖』については全く独立している。地域社会の文化運動との関連は説明されず。
私は実は今日の講演にはまったく期待を持っていなかった。にもかかわらずなぜ静岡に行ったのかというと、スポーツウェアなんぞを発売しているモンベルの店が静岡県で始めてオープンしたのでそこに行ってみようと思ったからだ。こちらが第一で、講演会は「ついで」。