浜名史学

歴史や現実を鋭く見抜く眼力を養うためのブログ。読書をすすめ、時にまったくローカルな話題も入る摩訶不思議なブログ。

杉良太郎の怒り

2011-10-31 22:47:34 | 日記
 福祉活動を積極的に行っている杉良太郎は素晴らしいが、選挙で自民党の武部勤なんかを応援しているので、エエッと思っているが、「東京新聞」に杉が書いた文が良い。

[東京新聞 2011年10月29日夕刊]

 私は2度、市長選に出馬しようかと考えたことがある。1回目はハワイ州ホノルルであった。 1988年、私はホノルル市の名誉市長の称号を頂いていた。

 ある日、ホノルルの税関を通るとき、職員が私を別室へ連れて行き、身体検査をした。名誉市長のIDカードを見せたが、職員はそのカードを指で挟んで捨てた。
「名誉市長」は上下両院の議決で、全議員が起立賛成して任命されたものだ。 世界にたった1人の大変名誉なポストにもかかわらず、この職員は大変横暴な処置をした。
 私は早速、当時の市長と面会、このことを話すと市長は顔色を失い、税関のトップに電話をして「今から謝りに来い」と興奮して抗議した。市長は「スギ、これで収めてくれ。もう一度私にチャンスをくれ」と言う。「ダメだ。あの職員の態度は日本人に対しての差別とも感じたし、私以外にもこんな扱いをしていると思われる。そこで私は決心した。この次のホノルル市長選に出る」。そう告げると、市長は涙目になり、「それだけはやめてくれ」と手を合わせた。その後、米国務省からわび状が届いたため、市長選出馬はあきらめた。

 2度目は大阪市、当時の西尾正也市長に「この次は私が出る」と言ったら、私のパーティーに西尾さんが出席して「市長選に出るのだけはやめてほしい」と、祈りとも思えるようなあいさつをした。西尾さんは別格良い人だった。
 今、大阪を“めちゃくちゃ”にしようとしている人が現れた。私の心はグラグラしている。
 (法務省特別矯正官、歌手・俳優)
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

属国日本の面目躍如

2011-10-31 22:24:10 | 日記
 毎日新聞が、TPP参加に関する政府の内部文書を手に入れた。野田政権は「米国が歓迎する」ということを最大目的として行動していることがよく分かる文書だ。

 またいろいろな問題を引き起こすことが予想されるので、選挙のことを考えないでよい時季に参加すべきだと考えているようだ。ということは、いろいろな問題が引き起こされるということだ。

▽11月のAPEC(アジア太平洋経済協力会議)で交渉参加表明すべき理由

・米国がAPECで政権浮揚につながる大きな成果を表明するのは難しい。日本が参加表明できれば、米国が最も評価するタイミング。これを逃すと米国が歓迎するタイミングがなくなる

・交渉参加時期を延ばせば、日本は原加盟国になれず、ルールづくりに参加できない。出来上がった協定に参加すると、原加盟国から徹底的な市場開放を要求される

・11月までに交渉参加を表明できなければ、交渉参加に関心なしとみなされ、重要情報の入手が困難になる

・韓国が近々TPP交渉に参加する可能性。先に交渉メンバーとなった韓国は日本の参加を認めない可能性すらある

 ▽11月に交渉参加を決断できない場合

・マスメディア、経済界はTPP交渉参加を提案。実現できなければ新聞の見出しは「新政権、やはり何も決断できず」という言葉が躍る可能性が極めて大きい。経済界の政権への失望感が高くなる

・政府の「食と農林漁業の再生実現会議」は事実上、TPP交渉参加を前提としている。見送れば外務、経済産業両省は農業再生に非協力になる

・EU(欧州連合)から足元を見られ、注文ばかり付けられる。中国にも高いレベルの自由化を要求できず、中韓FTA(自由貿易協定)だけ進む可能性もある

 ▽選挙との関係

・衆院解散がなければ13年夏まで国政選挙はない。大きな選挙がないタイミングで参加を表明できれば、交渉に参加しても劇的な影響は発生しない。交渉参加を延期すればするほど選挙が近づき、決断は下しにくくなる
 ▽落としどころ

・実際の交渉参加は12年3月以降。「交渉参加すべきでない」との結論に至れば、参加を取り消せば良い。(取り消しは民主)党が提言し、政府は「重く受け止める」とすべきだ

・参加表明の際には「TPP交渉の最大の受益者は農業」としっかり言うべきだ。交渉参加は農業強化策に政府が明確にコミットすることの表明。予算も付けていくことになる


(毎日新聞 2011年10月28日 東京朝刊) ※下線は引用者

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

増田寛也『地域主権の近未来図』(朝日新聞出版 新書)

2011-10-31 21:32:10 | 日記
 平井一臣の『首長の暴走』で利用された本である。利用された箇所は、増田(建設省官僚を経て岩手県知事、総務大臣を歴任、今は東大の客員教授)と片山善博(自治省官僚を経て鳥取県知事、総務大臣を歴任)の対談(第二章)からであるが、あまり多くはない。

 対談の中で、地方分権とは言うが、それは住民のためではなく、「首長たちの、首長たちによる、首長たちのための地方分権」であったと指摘している。地方分権の考え方に住民自治がないというのだが、まったくその通りである。市町村合併、道州制導入についても、住民自治の観点は欠如している。

 第二章では、国内外の地方自治体のユニークな動きが紹介されている。その中にはどうかなと思うものもあるが、住民自治を振興させるためには、住民が地域の実状に即して自分たちのあたまで考えていく必要があるということを示している。

 第三章は道州制や住民投票について書かれている。増田はこれについて危惧を抱く。道州制が実現したら「強大な権限を持った州知事が出現する」が、これに対して「民主的な統制を利かせることができるか」と。また道州制を推進しようとする経済界は、グローバル化時代の経済活動の単位として細かく分かれている都道府県には合わない、しかしだからといって中央の統制がきかないと困ると考えている。「経済人の本音は、行政の単位は大きくしてほしいけれど、一方で、かなり強い中央統制を期待している」と断じる。そうだろうと思う。経済人には、住民自治という観点はなく、利潤追求に都合の良い制度ならどういうものでもよいのだ。さらに増田は「道州制ビジョン懇談会の議論は、経済合理性の追求や行政改革が中心となり、逆に、欠けていたのは、デモクラシーをどうやって強くしていくのか、地域の姿をどうしていくのか、という考えだった」と指摘する。

 第四章では、平成の市町村合併について「負の面が多かったことは、認めざるを得」ないという。地方財政の点も指摘しているが、それ以上に「自治をどうやって強くするかという、本質的な問題に目が向かなければ」いけない、とする。

 本当にその通りである。

 本書は、私の考えと異なることもあるが、問題意識に共通するところもあり、参考になった。













コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

溝口敦『暴力団』(新潮新書)

2011-10-31 13:30:35 | 日記
 歴史を調べていると、時々暴力団の姿が現れてくる。たとえば1926年の日本楽器(ヤマハ)争議の際、ストライキを行っていた争議団の労働者に暴力的に襲いかかったり、1948年の浜松市街地で起きた在日朝鮮人と暴力団(テキ屋など)との乱闘事件・・・・暴力団は、常に労働者を暴力的に圧伏する組織として活用されてきた。活用する側は、資本家であったり警察であったりする。

 そういう暴力団について、歴史的に記述されているのかと思い購入した。しかし、基本的には現在の暴力団の姿が描かれていた。その意味では的外れであった。

 一応読み通したのだが、そのなかで暴力団対策法という「暴力団という組織犯罪集団の存在を認める法律を持っているのは、世界の中で日本だけ」(132ページ)という箇所に驚いた。他国では、暴力団そのものが違法だとされているのだ。

 溝口氏は「実は、暴力団対策法は、警察と暴力団が共存共栄を図る法律ではなかったのか、と疑われています」と記す。過去の歴史を繙くと、暴力団は国家権力により活用される事例があるから、なるほどと思った。

 ただし、都道府県による暴力団排除条例により、暴力団の居場所がなくなりつつあり、また経済的にも締め上げられているとのこと。

 暴力団はないほうがよいことはいうまでもないが、暴力団が近現代史でいかなる役割を果たしたのかを研究する必要はあろう。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする