浜名史学

歴史や現実を鋭く見抜く眼力を養うためのブログ。読書をすすめ、時にまったくローカルな話題も入る摩訶不思議なブログ。

「使い捨て」

2016-01-05 17:07:00 | 社会
 昨年行われた保阪正康氏の講演、そのテープ起こしをやっている。保阪氏も当然、安倍の戦争政策には反対だ。講演の最初、そして途中でも、安倍の政策が引き起こす危険を指摘する。

 安倍が目論んでいるのは、戦争準備態勢の確立だ。戦争準備態勢というのは、戦争が起きたときすぐに軍のリーダーが主導権を握る態勢を準備するということになる。そうすると、平時の価値観が一掃され、戦時の価値観が支配的となる、戦争に勝つためにはそうせざるを得ないというわけだ。

 保阪氏は、その点に注意を喚起する。

 保阪氏はいろいろな例を挙げるのだが、たとえば8月6日ヒロシマで原爆が投下される。投下後、近在の旧制中学や高等女学校の生徒たちが広島市内に動員され、死体の片付けなどの仕事を担う。もちろん被曝する。

 ところが、広島の近くには、海軍兵学校がある。当時は3000人くらいいたそうだ。ところが彼らは動員されない。軍人として養成される彼らには、そのためにかなりのカネが投資されているというのだ。「使い捨て」にはできない・・・

 そして特攻隊。海軍兵学校など軍人を養成する機関に在籍していた者たちは、特攻にはならない。特攻になるのは、学徒兵や少年航空兵だ。「使い捨て」できる人間とできない人間がいる。一般人は「使い捨て」可能だ。

 そうした社会がつくられる、というのだ。軍隊による差別と選別。軍事的な価値が至上価値となる。

 1945年、日本はそうした社会と絶縁したはずだ。ところが、戦争を知らない、日々の鬱屈した情念をもてあましている者たちが、またそういう社会への転換を進めようとしている。

 誰が「使い捨て」の対象となるか。考えるべきだ。



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