浜名史学

歴史や現実を鋭く見抜く眼力を養うためのブログ。読書をすすめ、時にまったくローカルな話題も入る摩訶不思議なブログ。

変わる

2018-10-20 19:06:53 | その他
 今日、「こころざし」について書いたが、興味深い情報を得た。私が若い頃、滝田修という人物がいた。いわゆる過激派の人士である。本名は竹本信弘。「京大パルチザン」で、朝霞での自衛官殺害事件に関わったとして指名手配された。そういう人士が、何と『今上天皇の祈りに学ぶ』(明月堂書店)という本を出版したそうだ。

 どういう変化があったのか。

 生きていく中で、人の思想信条は変わっていくが、なぜ変わったのか、そういう関心はある。

 ものすごく、180度変わってしまう人もいるが、そういう人は、思想のコアには何もなかったからなのだろうと思っている。

 「こころざし」と私が言うとき、それは思想のコアの部分であり、変わることのできないなにものかなのである。生きていく上で、どうしてもこだわらざるを得ないものである。そういうものを持ってしまうと、しかし生きにくくもなる。

 私は、その生きにくい生き方をした人たちを知っている。



 
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遠くへ来ても・・

2018-10-20 13:07:57 | その他
 10・8山崎博昭プロジェクト・編『かつて10・8羽田闘争があった(記録資料編)』(合同出版)が送られてきた。600頁を越す書籍である。

 アメリカのベトナム侵略戦争に日本が加担していた頃、1967年10月、時の首相佐藤栄作の南ベトナム訪問を阻止しようと、羽田空港に向かった学生たちに向けて機動隊が激しい弾圧を加えた。そのなかで京大生の山崎博昭君が殺された。

 思春期を迎えた私には、この事件が大きな衝撃としてあった。

 ベトナムでは、アメリカ軍による残虐な戦争が繰り広げられ、私は中学生の頃から、ベトナム戦争に関心を抱いていた。高校に入ってすぐにこの事件があった。海の向こうの人々、彼らは何の罪もないのに一瞬一瞬、残虐な死と直面させられている、その彼らのために、みずからの命を投げ出すことは出来るのか。他者のために、いや他者の中に自らの生を生かすという人生。
 ベトナムの民衆に思いを馳せ、そういう事実はあってはならないという良心にしたがった山崎君はデモに参加し、結果的に自らの生を失った。山崎君は、私には、他者のなかに自らの生を生かそうとした、そうした人間であるようにみえた。

 ベトナム戦争反対運動は、私の若い頃の生そのものであった。ボール爆弾などあらたに開発された爆弾が、ベトナムの民衆の頭上に無数に投下された。人間を殺すのではなく、人間を痛めつける爆弾がつくられた。同じ人間として、そういう現実があるのに、黙って見過ごすことはできるのか。人間として、それはできない、ベトナム戦争反対の意思とそれに基づく行動は、私の生と不即不離のものとなった。

 山崎君のように、あるいは私のように、悲惨な現実を目の前にして、それを見過ごすことができないという思いを持った若者が、当時はたくさんいた。そういう人々と交流し、行動するなかで、私はいろいろなことを学んだ。その延長線上に今がある。

 当時の若者たちは歳をとった。歳をとっても、もと若者たちは様々な運動に関わり続けている。

 「こころざし」ということばがある。若い頃にもった「こころざし」を今も持ち続けているということでもある。

 この本は、そうした「こころざし」を確認するためのものでもある。山崎君の生と死は、私たちを問い続けながら、同時にそうした「こころざし」をより高次なものへと鍛え直してくれるであろう。

 さて読みはじめることとしよう。
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世界は残酷に満ちている

2018-10-20 10:26:22 | その他
 ネットの世界がこれほど利用されるようになってから、世界各地で起きている残酷事件が、映像としてネットのなかに満ちあふれているという。
 幸い私はそうした映像を見ていないが、SNSに投稿されたそうした画像を消去する仕事をしている人たちがいるという。
 彼らは下請け労働者のようだ。おそらく安い賃金で、残酷な映像を見続ける。

 「処刑映像を何百回も見た」 SNSの掃除人が抱える苦悩
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