今日、「こころざし」について書いたが、興味深い情報を得た。私が若い頃、滝田修という人物がいた。いわゆる過激派の人士である。本名は竹本信弘。「京大パルチザン」で、朝霞での自衛官殺害事件に関わったとして指名手配された。そういう人士が、何と『今上天皇の祈りに学ぶ』(明月堂書店)という本を出版したそうだ。
どういう変化があったのか。
生きていく中で、人の思想信条は変わっていくが、なぜ変わったのか、そういう関心はある。
ものすごく、180度変わってしまう人もいるが、そういう人は、思想のコアには何もなかったからなのだろうと思っている。
「こころざし」と私が言うとき、それは思想のコアの部分であり、変わることのできないなにものかなのである。生きていく上で、どうしてもこだわらざるを得ないものである。そういうものを持ってしまうと、しかし生きにくくもなる。
私は、その生きにくい生き方をした人たちを知っている。
どういう変化があったのか。
生きていく中で、人の思想信条は変わっていくが、なぜ変わったのか、そういう関心はある。
ものすごく、180度変わってしまう人もいるが、そういう人は、思想のコアには何もなかったからなのだろうと思っている。
「こころざし」と私が言うとき、それは思想のコアの部分であり、変わることのできないなにものかなのである。生きていく上で、どうしてもこだわらざるを得ないものである。そういうものを持ってしまうと、しかし生きにくくもなる。
私は、その生きにくい生き方をした人たちを知っている。