『監督に期待するな 早稲田ラグビー「フォロワーシップ」の勝利』からおよそ1年http://blog.goo.ne.jp/hardworkisfun/e/4f8982aa04925b4c3131cb6275c3cf27、中竹竜二監督の『リーダーシップからフォロワーシップへ カリスマリーダー不要の組織づくりとは』が発売されました。
これまでの著作はは主題がラグビーであったので、ラグビーチームを率いた監督としての言葉の中から「フォロワーシップとは何か」を抽出しなければならなかったのですが、本書はフォロワーシップの定義から運用まで組織論を主題として構成されているためラグビーに特に関心のないビジネスマンにとってもより読みやすく、またこれまでの著作よりさらに踏み込んだ形で「フォロワーシップ」を知ることができます。中竹竜二監督は元々大手シンクタンクのコンサルタントでしたから、いずれビジネス書としてフォロワーシップ論を出してもらえないだろうかと僕自身密かに期待していたのです。
中竹監督批判の多くのものは監督のリーダー像が見えてこないだけに無責任、指導力の欠如といった誤解で現れがちですが、そもそもフォロワーシップとは「フォロワーシップがあればリーダーシップは要らない」というような「リーダーシップ」との対立概念で捉えるべきものではなく、監督の「リーダー像が見えてこない」リーダーシップのあり方こそがフォロワーシップを育成するために採っている監督のスタイルであるということが言えます。フォロワーシップを作るためにリーダーシップは当然必要で、本書においても「リーダーのためのフォロワーシップ論」は中心テーマとして最も多くの頁を割いています。
本書の優れていると思う点は全体の構成を①「リーダーのためのリーダーシップ論」、②「リーダーのためのフォロワーシップ論」、③「フォロワーのためのフォロワーシップ論」、④「フォロワーが考えるリーダーシップ論」の4つに分け、それぞれについて論じられているところです。なぜなら本書の対象としているのが組織のリーダーばかりでなくフォロワー自身、つまり組織を構成する全員であるからです。さらに、組織に常に優れたリーダーがいるとは限らないのと同様、フォロワーについても将来リーダーとなるフォロワーもいれば将来もフォロワーに徹するフォロワーもいます。そのどれが良いとか悪いとかを論じるのではなく、いかなる立場にある人でも組織の構成員である限りその組織を変革しうる、そのために欠かすことのできない視点が上記の①~④なのだと思います。この点は本書が従来のリーダーシップ本と異なるユニークな点です。
「フォロワーシップ」は馴染みの薄い概念ではありますが、帝王学の古典として有名な『貞観政要』もよく読むとフォロワーシップの重要性とフォロワーシップを発揮させるためのリーダーシップについて繰り返されているということが分かります。ただ近代において「リーダーシップ」と「フォロワーシップ」の間に生じた知見の偏りがあまりにも大きく、それらが様々な形で歪や限界を露呈し修正を迫られている今日、本書は誠に時節を得たものであると思います。
繻るに衣袽あり、ぼろ屋の窪田でした
よろしければクリックおねがいします!
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これまでの著作はは主題がラグビーであったので、ラグビーチームを率いた監督としての言葉の中から「フォロワーシップとは何か」を抽出しなければならなかったのですが、本書はフォロワーシップの定義から運用まで組織論を主題として構成されているためラグビーに特に関心のないビジネスマンにとってもより読みやすく、またこれまでの著作よりさらに踏み込んだ形で「フォロワーシップ」を知ることができます。中竹竜二監督は元々大手シンクタンクのコンサルタントでしたから、いずれビジネス書としてフォロワーシップ論を出してもらえないだろうかと僕自身密かに期待していたのです。
中竹監督批判の多くのものは監督のリーダー像が見えてこないだけに無責任、指導力の欠如といった誤解で現れがちですが、そもそもフォロワーシップとは「フォロワーシップがあればリーダーシップは要らない」というような「リーダーシップ」との対立概念で捉えるべきものではなく、監督の「リーダー像が見えてこない」リーダーシップのあり方こそがフォロワーシップを育成するために採っている監督のスタイルであるということが言えます。フォロワーシップを作るためにリーダーシップは当然必要で、本書においても「リーダーのためのフォロワーシップ論」は中心テーマとして最も多くの頁を割いています。
本書の優れていると思う点は全体の構成を①「リーダーのためのリーダーシップ論」、②「リーダーのためのフォロワーシップ論」、③「フォロワーのためのフォロワーシップ論」、④「フォロワーが考えるリーダーシップ論」の4つに分け、それぞれについて論じられているところです。なぜなら本書の対象としているのが組織のリーダーばかりでなくフォロワー自身、つまり組織を構成する全員であるからです。さらに、組織に常に優れたリーダーがいるとは限らないのと同様、フォロワーについても将来リーダーとなるフォロワーもいれば将来もフォロワーに徹するフォロワーもいます。そのどれが良いとか悪いとかを論じるのではなく、いかなる立場にある人でも組織の構成員である限りその組織を変革しうる、そのために欠かすことのできない視点が上記の①~④なのだと思います。この点は本書が従来のリーダーシップ本と異なるユニークな点です。
「フォロワーシップ」は馴染みの薄い概念ではありますが、帝王学の古典として有名な『貞観政要』もよく読むとフォロワーシップの重要性とフォロワーシップを発揮させるためのリーダーシップについて繰り返されているということが分かります。ただ近代において「リーダーシップ」と「フォロワーシップ」の間に生じた知見の偏りがあまりにも大きく、それらが様々な形で歪や限界を露呈し修正を迫られている今日、本書は誠に時節を得たものであると思います。
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