「瑛九展 宇宙に向けて」 埼玉県立近代美術館

埼玉県立近代美術館
「瑛九展 宇宙に向けて」
9/10-11/6



うらわ美術館のエントリに続きます。埼玉県立近代美術館で開催中の「生誕100年記念 瑛九展 宇宙に向けて」へ行ってきました。

「瑛九展 夢に託して」 うらわ美術館(拙ブログ)

上記リンク先の感想でも触れましたが、本展はうらわ美術館と同時開催の展覧会です。各テーマのトピックによって会場が分かれています。

展示構成(青字が埼玉県立近代美術館。黒字がうらわ美術館。)

1.文筆家・杉田秀夫から瑛九へ
2.エスペラントと共に
3.絵筆に託して
4.日本回帰
5.思想と組織
6.転位するイメージ

7.啓蒙と普及
8.点へ


うらわ美術館が油画の画風の展開をメインとすると、ここ埼玉県立近代美術館は瑛九の創作の中心でもあるフォトグラムと、晩年の点描表現による大作絵画の展示が見どころとな言えるかもしれません。

展示の掴みが秀逸です。うらわ美術館は瑛九の原点、つまりは制作最初期の評論活動などを紹介する1番目のトピックから始まっていましたが、埼玉県美の導入には、瑛九の思想面を絵画作品とあわせて見るトピック(5.思想と組織)がおかれています。

端的に言えば絵画と言葉のコラボレーションです。会場には彼が文芸誌や書簡などに残した言葉が大きく提示され、さらには数点の油画とフォトデザインの作品が何点か展示されていました。


「旅人」1957年 うらわ美術館

ここにおける油画がなかなか力作揃いではないでしょうか。瑛九ならではの鮮烈な色彩が力強く交じり合う「窓をあける」(1949)の他、うらわ美術館でも紹介されていた古賀春江の作風にも連なる「海」(1950)などが紹介されていました。

そして言葉も胸に響くものが散見されます。「なんもまとまった絵にする必要はない。つっついてつっつき廻すことだ。」や、「僕は僕の精神を表現したいだけだ。僕は今までの概念にあてはまらぬものを表現したい。」などからは、様々なジャンルへ果敢に挑戦し続けた瑛九の人生そのものが示されているように思えてなりませんでした。

さてそのような展示で瑛九の大まかな作風、また生き様を見たあとは、彼のもっと込み入った部分、ようは関心の領域へと踏み込みます。それがエスペラント語です。

エスペラント語とは1880年代、ポーランドのザメンホフによって創案された人工言語ですが、瑛九はその世界共通の公平な言語という位置づけに強い共感を覚え、日常の生活にも取り入れていきました。

また瑛九は故郷の宮崎でエスペラント協会に参加します。彼の兄は支部長までをつとめていたそうですが、夫人にもエスペラント語を教え、普段の会話やメモなどにも使っていました。


「ザメンホフ像」1934年 宮崎県立美術館

なおここでは夫人をモデルに本を読む女性を描いた「読書」(1948)の他、兄やザメンホフの肖像画などが展示されています。エスペラントを通し、瑛九の家庭の生活を垣間見ているような気がしました。

さて埼玉県美では、絵画と並んで瑛九の作品の中核であるフォトデザインの展示が質量ともに極めて充実しています。瑛九はフォトデザインにいくつもの表現上の実験をおこない、結果非常に多様性のある作品を生み出していきました。

同じモチーフを油絵と紙、そしてフォトデザインと変えて表現する様は、例えて言えば先日、東近美の展覧会でも印象深かったクレーの制作の在り方を思い起こさせるのではないでしょうか。

写真原版への直接描画、またはフォトデザインの薬品調合のガラス棒を印画紙の上に載せて写したもの、フォトデザインからエアブラシで描いたものから一つの型紙を反転させて作ったコラージュなど、ともかくその技法は驚くほど多岐にわたっています。また展示ではそれぞれの作品の比較の他、技術面に関しての紹介もあります。瑛九フォトデザイン制作のエッセンスを分かりやすい形で知ることが出来ました。


「卵」1940年 北九州市立美術館

さて全編を通しての最後のトピック、8の「点へ」が展示のフィナーレであるのは間違いありません。

出口前の展示スペースには、細かな点描表現があたかも宙に舞うかのように連なる晩年の大作が十数点のスケールで並んでいました。


「黄色い花」1958年 愛知県美術館

点や粒の表現は何も突然出現したわけではなく、制作期によっていくつかの違いもありますが、やはり圧巻なのは最晩年に到達した、より抽象性の高い三次元的な地平をとる連作群でした。

色とりどりの点は粒状に散り、それらが色のグラデーションによって表情を変えながら、独特の浮遊感と無限の奥行きを生み出しています。


「雲」1959年 埼玉県立近代美術館

展示ではそれらの絵画をあたかも鑑賞者を包みこむように並べています。 その中央に立ち、色と粒の織りなす深淵なイメージを全身で受け止めた時、何とも言い難い感動を得たのは私だけでないかもしれません。

うらわ美術館の感想にも記したように、二会場ともテーマ別の構成です。特に順路はありません。しかしながらこれらの作品を最後に見て、その深い余韻に浸る体験は稀有なものがありました。

二人で一つの展覧会です。チケットは両会場で各800円と別に扱われていますが、一つ目の展示で二つ目の会場の半額割引券をいただけます。つまりあわせて1200円で楽しめるというわけでした。

このクラスの回顧展はもうしばらく望めないかもしれません。実のところ私はこれまで瑛九を特に意識して見たことがありませんでしたが、今回でとても印象に深い画家の一人となりました。

11月6日まで開催されています。

*関連エントリ
「瑛九展 夢に託して」 うらわ美術館

「生誕100年記念 瑛九展 宇宙に向けて」 埼玉県立近代美術館 *うらわ美術館と同時開催
会期:9月10日(土)~11月6日(日)
休館:月曜日。但し9月19日、10月10日は開館。
時間:10:00~17:30
住所:さいたま市浦和区常盤9-30-1
交通:JR線北浦和駅西口より徒歩5分。北浦和公園内。
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