都内近郊の美術館や博物館を巡り歩く週末。展覧会の感想などを書いています。
はろるど
「世紀末、美のかたち」 府中市美術館
府中市美術館
「世紀末、美のかたち」
9/17-11/23
府中市美術館で開催中の「世紀末、美のかたち」へ行ってきました。
19世紀末の画家や工芸家なりを単独で紹介することはさほど珍しいことではありませんが、ジャンルの異なる絵画と工芸をクロスオーバーさせ、世紀末芸術の特質や共通点を探り出すことはあまりなかったと言えるかもしれません。
この展覧会ではメインの縦軸にガレとラリックの工芸品を、横軸としてミュシャ、ルドン、それにゴーギャンらの版画(一部、油彩)を据えています。
会場には主に北澤美術館所蔵の工芸品40点と、川崎市民ミュージアム、神奈川県美、また町田の国際版画館の版画作品の40点、つまり計80点の作品が一堂に会していました。(府中市美術館所蔵の作品は一点もありません。)
それでは構成です。
1.自然とかたち
2.文字を刻む
3.異形の美
4.光と闇
上記4つのテーマのもと、19世紀末の西洋美術の「かたち」の諸相を提示していました。
ドーム兄弟「罌粟文花器」1901-1903年 北澤美術館
冒頭の「自然とかたち」のセクションには、ラリック、ガレ、ドーム兄弟の工芸品が集います。水の精を象り、あたかも女性が蝶へと変化する様子を捉えたかのようなラリックのブローチ「羽のあるニンフ」(1898年頃)には、ダイヤの煌めきと七宝の細かな技術が共存していました。
また変化と言えば、シンプルながらもクロッカスの赤い花を象ったガレの花器「クロッカス文花器」(1897-1904年)も忘れられません。もはや花びらそのものが器と化したかのような洗練されたデザインには感銘させられました。
ルネ・ラリック「蓋物 二人のシレーヌ」1921年 北澤美術館
海に住む妖精シレーヌのモチーフを取り入れたラリックのガラスにも注目です。ここでは「三足鉢 シレーヌ」(1920年)の他、「蓋物 二人のシレーヌ」(1921年)など数点の作品が展示されていましたが、円形のガラスの中でまさに水にそよぐかのようにして表れるシレーヌの姿は実に美しいのではないでしょうか。
シレーヌは歌声で旅人を呼び、そのまま永遠に戻れないようにしてしまうという恐るべき妖精ですが、世紀末芸術ではそうした半ば「淫欲で残忍」(キャプションより引用)な女性にも人気が集まったそうです。道理で官能的なわけでした。
アルフォンス・ミュシャ「ラ・トスカ」1898年 川崎市民ミュージアム
さて2つ目のセクション「文字を刻む」へ進むと、工芸と絵画が本格的にクロスし始めます。世紀末芸術では作中に文字を刻んだ作品がよく見られそうですが、確かにポスター「サラ・ベルナール」(1896年)など、一連の有名なミュシャの石版画にもビザンティン風の文字が強く記されています。
エミール・ガレ「好かれようと気にかける」1880-90年 北澤美術館
またこうしたポスターだけではなく、工芸の領域にも文字が入り込んでくるのも世紀末芸術の特徴かもしれません。ガレの「好かれようと気にかける」(1880-90年)では、褐色にも染まるガラス表面にややグロテスクなカエルとトンボが描かれていますが、そこに表題の文言が刻まれています。
トンボに好かれながらも実は食べてしまおうとするカエルなのか、逆に本当にトンボを愛してただ見つめるカエルなのかは解釈が分かれるそうですが、こうした寓話的の素材による文言は、ガレ作品を『読み解く』面白さでもあるそうです。これまでガレで文字を意識して見たことがなかっただけに、この展示はかなり新鮮でした。
さて先に『グロテスク』と書きましたが、今回の核心はそうした作品が数多く登場する3つ目の「異形の美」にあるかもしれません。ここではガレの象った不気味な生き物や、ルドンの描く怪物などがいくつか紹介されています。
エミール・ガレ「海馬文花器」1903年 北澤美術館
ガレの「海馬文花器」(1903年)には思わず仰け反ってしまう方も多いのではないでしょうか。まるで血の色のような褐色の器の表面には、あたかも蛇のようにうねるタツノオトシゴがまとわりついています。
他にも「においあらせいとう」(1900年)など、花の器官そのものを取り込んだ作品もありましたが、これらは元々、ガレが植物学者であったことにも由来しているとのことでした。
オディロン・ルドン「つづいて魚の胴体に人間の頭をもつ奇妙な生き物が現れた(聖アントワーヌの誘惑より)」1888年 神奈川県立近代美術館
それに先の「海馬文花器」と一緒に、ルドンの「聖アントワーヌの誘惑」の一枚を見ると、その言わば奇異なモチーフが「かたち」として似ていることが分かるかもしれません。なおルドンは生命の起源に強い関心を抱いていました。世紀末を含む近代は、そうした謎を解明、また研究していった時代です。それこそ科学と技術の進展も、美術に与えた影響は大きかったかもしれません。なるほどミュシャのカラーのリトグラフもガレの被せガラスも、この時代だからこそ成立した素材でした。
さらにともに蜘蛛の巣の表現を導入したドーム兄弟の「蜘蛛の巣文壺」(1900年頃)と、ベルトンのポスター「フォリー=ベルジェールのリアーヌ・ド・プジー」(1896年)が併せて展示されています。
このように世紀末芸術では工芸と絵画の両面で、これまでの美の範疇からすれば異質なモチーフが導入されていたことが明らかにされていました。
さて印象派絵画の先例を挙げるまでもなく、世紀末には光の表現でさらなる革新があったことはよく知られるところかもしれません。最後のセクションでは、この時代に生まれた光と闇の様々な姿を、ガレ、ルドン、ドニ、ゴーギャンで紹介しています。
ルドンの黒における漆黒の闇の深さは言うまでもありませんが、一転しての繊細な色彩表現によって温かい光を示したドニ、さらには反透明ガラスを用いて光と闇の絶妙なコントラストなど操るガレなど、まさに三者三様とも言うべき光と闇を楽しむことが出来ました。
オディロン・ルドン「眼をとじて」1890年頃 個人
出品作で唯一の油彩であるルドンの「眼をとじて」(1890年頃)も注目の一作です。作中における様々な神秘の光、例えば水面の光に、頭部の後ろの光の輪などは、それこそ展示のフィナーレを飾るのに相応しいような煌めきを放っていました。
エミール・ガレ「薔薇文花器」1890-1900年 北澤美術館
ルドンの黒の版画とガレのガラスを一度に見る経験は私自身、初めてかもしれません。いくつかある世紀末美術の展覧会でも、今回ほど個性的なものはないと言えるのではないでしょうか。
なお展示監修の府中市美術館の音学芸員をはじめ、館長の井出氏らによる展覧会講座も予定されています。
「世紀末、美のかたち」 展覧会講座
第1回「世紀末前夜、写実主義から印象派まで 1850年代から1880年代」
日時:10月2日(日)
講師:井出洋一郎(府中市美術館館長)
第2回「ガラスの象徴主義、ガレの技法と表現」
日時:10月15日(土)
講師:池田まゆみ(北澤美術館研究企画員)
第3回「石に描く 画家を惹きつけた石版の魅力とは」
日時:11月13日(日)
講師:杉野秀樹(富山県立近代美術館学芸課長)
第4回「世紀末、美のかたち 時代のかたちをさぐる」
日時:11月20日(日曜日)
講師:音ゆみ子(府中市美術館学芸員)
いずれも14時から同館にて無料(予約不要)での開催です。こちらにあわせてお出かけされるのも良いのではないでしょうか。
「もっと知りたいエミール・ガレ/東京美術」
巡回はありません。11月23日まで開催されています。
「世紀末、美のかたち」 府中市美術館
会期:9月17日(土)~11月23日(水)
休館:月曜(但し9/19、10/10日を除く)。及び9/20(火)、10/11(火)、11/4日(金)。
時間:10:00~17:00(入館は閉館の30分前まで)
場所:府中市浅間町1-3
交通:京王線東府中駅から徒歩15分。京王線府中駅からちゅうバス(多磨町行き)「府中市美術館」下車。
「世紀末、美のかたち」
9/17-11/23
府中市美術館で開催中の「世紀末、美のかたち」へ行ってきました。
19世紀末の画家や工芸家なりを単独で紹介することはさほど珍しいことではありませんが、ジャンルの異なる絵画と工芸をクロスオーバーさせ、世紀末芸術の特質や共通点を探り出すことはあまりなかったと言えるかもしれません。
この展覧会ではメインの縦軸にガレとラリックの工芸品を、横軸としてミュシャ、ルドン、それにゴーギャンらの版画(一部、油彩)を据えています。
会場には主に北澤美術館所蔵の工芸品40点と、川崎市民ミュージアム、神奈川県美、また町田の国際版画館の版画作品の40点、つまり計80点の作品が一堂に会していました。(府中市美術館所蔵の作品は一点もありません。)
それでは構成です。
1.自然とかたち
2.文字を刻む
3.異形の美
4.光と闇
上記4つのテーマのもと、19世紀末の西洋美術の「かたち」の諸相を提示していました。
ドーム兄弟「罌粟文花器」1901-1903年 北澤美術館
冒頭の「自然とかたち」のセクションには、ラリック、ガレ、ドーム兄弟の工芸品が集います。水の精を象り、あたかも女性が蝶へと変化する様子を捉えたかのようなラリックのブローチ「羽のあるニンフ」(1898年頃)には、ダイヤの煌めきと七宝の細かな技術が共存していました。
また変化と言えば、シンプルながらもクロッカスの赤い花を象ったガレの花器「クロッカス文花器」(1897-1904年)も忘れられません。もはや花びらそのものが器と化したかのような洗練されたデザインには感銘させられました。
ルネ・ラリック「蓋物 二人のシレーヌ」1921年 北澤美術館
海に住む妖精シレーヌのモチーフを取り入れたラリックのガラスにも注目です。ここでは「三足鉢 シレーヌ」(1920年)の他、「蓋物 二人のシレーヌ」(1921年)など数点の作品が展示されていましたが、円形のガラスの中でまさに水にそよぐかのようにして表れるシレーヌの姿は実に美しいのではないでしょうか。
シレーヌは歌声で旅人を呼び、そのまま永遠に戻れないようにしてしまうという恐るべき妖精ですが、世紀末芸術ではそうした半ば「淫欲で残忍」(キャプションより引用)な女性にも人気が集まったそうです。道理で官能的なわけでした。
アルフォンス・ミュシャ「ラ・トスカ」1898年 川崎市民ミュージアム
さて2つ目のセクション「文字を刻む」へ進むと、工芸と絵画が本格的にクロスし始めます。世紀末芸術では作中に文字を刻んだ作品がよく見られそうですが、確かにポスター「サラ・ベルナール」(1896年)など、一連の有名なミュシャの石版画にもビザンティン風の文字が強く記されています。
エミール・ガレ「好かれようと気にかける」1880-90年 北澤美術館
またこうしたポスターだけではなく、工芸の領域にも文字が入り込んでくるのも世紀末芸術の特徴かもしれません。ガレの「好かれようと気にかける」(1880-90年)では、褐色にも染まるガラス表面にややグロテスクなカエルとトンボが描かれていますが、そこに表題の文言が刻まれています。
トンボに好かれながらも実は食べてしまおうとするカエルなのか、逆に本当にトンボを愛してただ見つめるカエルなのかは解釈が分かれるそうですが、こうした寓話的の素材による文言は、ガレ作品を『読み解く』面白さでもあるそうです。これまでガレで文字を意識して見たことがなかっただけに、この展示はかなり新鮮でした。
さて先に『グロテスク』と書きましたが、今回の核心はそうした作品が数多く登場する3つ目の「異形の美」にあるかもしれません。ここではガレの象った不気味な生き物や、ルドンの描く怪物などがいくつか紹介されています。
エミール・ガレ「海馬文花器」1903年 北澤美術館
ガレの「海馬文花器」(1903年)には思わず仰け反ってしまう方も多いのではないでしょうか。まるで血の色のような褐色の器の表面には、あたかも蛇のようにうねるタツノオトシゴがまとわりついています。
他にも「においあらせいとう」(1900年)など、花の器官そのものを取り込んだ作品もありましたが、これらは元々、ガレが植物学者であったことにも由来しているとのことでした。
オディロン・ルドン「つづいて魚の胴体に人間の頭をもつ奇妙な生き物が現れた(聖アントワーヌの誘惑より)」1888年 神奈川県立近代美術館
それに先の「海馬文花器」と一緒に、ルドンの「聖アントワーヌの誘惑」の一枚を見ると、その言わば奇異なモチーフが「かたち」として似ていることが分かるかもしれません。なおルドンは生命の起源に強い関心を抱いていました。世紀末を含む近代は、そうした謎を解明、また研究していった時代です。それこそ科学と技術の進展も、美術に与えた影響は大きかったかもしれません。なるほどミュシャのカラーのリトグラフもガレの被せガラスも、この時代だからこそ成立した素材でした。
さらにともに蜘蛛の巣の表現を導入したドーム兄弟の「蜘蛛の巣文壺」(1900年頃)と、ベルトンのポスター「フォリー=ベルジェールのリアーヌ・ド・プジー」(1896年)が併せて展示されています。
このように世紀末芸術では工芸と絵画の両面で、これまでの美の範疇からすれば異質なモチーフが導入されていたことが明らかにされていました。
さて印象派絵画の先例を挙げるまでもなく、世紀末には光の表現でさらなる革新があったことはよく知られるところかもしれません。最後のセクションでは、この時代に生まれた光と闇の様々な姿を、ガレ、ルドン、ドニ、ゴーギャンで紹介しています。
ルドンの黒における漆黒の闇の深さは言うまでもありませんが、一転しての繊細な色彩表現によって温かい光を示したドニ、さらには反透明ガラスを用いて光と闇の絶妙なコントラストなど操るガレなど、まさに三者三様とも言うべき光と闇を楽しむことが出来ました。
オディロン・ルドン「眼をとじて」1890年頃 個人
出品作で唯一の油彩であるルドンの「眼をとじて」(1890年頃)も注目の一作です。作中における様々な神秘の光、例えば水面の光に、頭部の後ろの光の輪などは、それこそ展示のフィナーレを飾るのに相応しいような煌めきを放っていました。
エミール・ガレ「薔薇文花器」1890-1900年 北澤美術館
ルドンの黒の版画とガレのガラスを一度に見る経験は私自身、初めてかもしれません。いくつかある世紀末美術の展覧会でも、今回ほど個性的なものはないと言えるのではないでしょうか。
なお展示監修の府中市美術館の音学芸員をはじめ、館長の井出氏らによる展覧会講座も予定されています。
「世紀末、美のかたち」 展覧会講座
第1回「世紀末前夜、写実主義から印象派まで 1850年代から1880年代」
日時:10月2日(日)
講師:井出洋一郎(府中市美術館館長)
第2回「ガラスの象徴主義、ガレの技法と表現」
日時:10月15日(土)
講師:池田まゆみ(北澤美術館研究企画員)
第3回「石に描く 画家を惹きつけた石版の魅力とは」
日時:11月13日(日)
講師:杉野秀樹(富山県立近代美術館学芸課長)
第4回「世紀末、美のかたち 時代のかたちをさぐる」
日時:11月20日(日曜日)
講師:音ゆみ子(府中市美術館学芸員)
いずれも14時から同館にて無料(予約不要)での開催です。こちらにあわせてお出かけされるのも良いのではないでしょうか。
「もっと知りたいエミール・ガレ/東京美術」
巡回はありません。11月23日まで開催されています。
「世紀末、美のかたち」 府中市美術館
会期:9月17日(土)~11月23日(水)
休館:月曜(但し9/19、10/10日を除く)。及び9/20(火)、10/11(火)、11/4日(金)。
時間:10:00~17:00(入館は閉館の30分前まで)
場所:府中市浅間町1-3
交通:京王線東府中駅から徒歩15分。京王線府中駅からちゅうバス(多磨町行き)「府中市美術館」下車。
コメント ( 2 ) | Trackback ( 0 )