「イケムラレイコ うつりゆくもの」 東京国立近代美術館

東京国立近代美術館
「イケムラレイコ うつりゆくもの」
8/23-10/23



東京国立近代美術館で開催中の「イケムラレイコ うつりゆくもの」へ行ってきました。

私自身、イケムラというと、よく知られた少女モチーフの絵画の印象が強く残っていますが、今回の回顧展ではそうした作品だけにとどまりません。

ドローイング、絵画、そしてテラコッタやブロンズによる彫刻など、キャリア初期より最新作にまで至る様々な作品、全145点が一堂に会しています。

まさにこれまでになかった規模での回顧展です。国内の美術館では2006年にヴァンジ彫刻庭園美術館で個展が開催されたそうですが、今回ほどの質量による展覧会は初めてとのことでした。

構成は以下の通りです。

1.「イントロダクション」
2.「新作:山水画」
3.「インターヴァル(写真)」
4.「横たわる人物像:彫刻と絵画」
5.「写真」
6.「うみのけしき」
7.「樹」
8.「成長」
9.「インターヴァル(本)」
10.「ブラック・ペインティング」
11.「出現」
12.「アルプスのインディアン」
13.「1980年代の作品」
14.「インターヴァル(これまでの展覧会)」
15.「新作:人物風景」


全15章の細かな章立てです。作品は必ずしも時系列に並んでいるわけではありません。テーマ別に分かれた各章を追うことで、イケムラの製作の全貌、またその背景にある意図などを探る内容となっていました。


「赤の中の青い人物像」 2007年 個人蔵

冒頭から巧みにイケムラの微睡みの世界へと誘われます。「イントロダクション」では2008年頃より登場したという『眠り』のモチーフの絵画と立体が紹介されています。その言わば実在感の希薄な、まさに夢心地の空間へと足を踏み入れた時、イケムラの展覧会における一つのストーリーが始まるというわけでした。

過去の作品ではなく、新作から提示する構成も興味深いポイントです。「イントロダクション」に続くのは、イケムラがごく最近になって描き始めた山水画と呼ばれる風景画でした。

ここで面白いのは風景と人物を融合させた表現です。朧げに広がる山水の景色の中には人の影が入り込み、それが時に岩や動物と化して風景の一部を構成します。まさに冒頭の夢を思わせるような朧げな山水の景色でありながら、どこかシュールなモチーフを取り込むのも、大きな特徴と言えるかもしれません。


「二羽の鳥をかかえた黄色い服」 1996年 個人蔵

夢の世界は闇夜を会場にもたらします。4番目の「横たわる人物像」の暗室のセクションは秀逸です。床面にはまさに眠っているかのような少女のオブジェが横たわり、それを同じように横たわる少女がぼんやりと浮ぶ絵画が見下ろしています。彼女らにはっきりした目も鼻も、また足もありません。大地の声を聴くかのように横になって眠る姿は、それこそ人間ではなく、彼岸の世界に住む精霊たちのようでもありました。

私としてとても惹かれたのは「うみのけしき」に登場する一連の油彩画です。現在もイケムラはドイツに在住していますが、オランダへ何度か訪れ、彼の地の平らな空と海を描きました。


「みずうみ」 2004年 ヴァンジ彫刻庭園美術館

作品そのものイメージは、オランダ云々とするよりももっと普遍的で、半ば場所を特定しない曖昧な海と言えるかもしれません。深い青みをたたえた闇夜には、黄色い光の帯がぼんやりと滲み出していました。

海の次は陸です。「樹」では、文字通り樹の一部が人の姿となる様子を、さらに「成長」のセクションでは、植物や人間、また人間と動物が合わさって、新たな生命を得る姿を示しています。


「キャベツ頭」 1994年 国立国際美術館

またここではイケムラの詩がいくつか紹介されていました。そのうちの一節、「毎夜ゆめ喰いして旅に出よ。魂をひろいにいくため、色をつけるため、神をおこしにゆくため。」という行は、この展覧会の大きなメッセージの一つと言っても良いのではないでしょうか。


「さかな」 1985年 滋賀県立近代美術館

さて展示後半へ入るとイケムラのキャリア初期のペイントなどが登場します。そこでは近作における少女イメージへ至る以前のプロセスを伺い知ることが出来ますが、まさか最初期には表現主義風の絵画を描いていたとは思いもよりません。特に80年代の作品はおおよそ今のイケムラの作風とはかけ離れています。その辺を楽しめるのも、こうした回顧展ならではのことと言えるかもしれません。


「マンダリン」 2010年 個人蔵

ラストはやや混沌としています。近作の「人物風景」と呼ばれるドローイングの他、殆どグロテスクなまでに見えるテラコッタの人物像などが展示されています。ここでも風景と人物、そして生と死、また人間とそれ以外の何かの境界はあいまいです。もののうつろいを追いかける夢の旅は、なにか定まりのある地点へ達することはなく、再び次の「うつりゆくもの」を探していきました。


「黒に浮かぶ」 1998-99年 豊田市美術館

一言でイケムラの世界を表すことが出来ませんが、その曖昧さが作品の持ち味となっているのかもしれません。最後の最後まで煙に巻かれたような印象もありましたが、展覧会を見終えたあとには深い余韻が残りました。

「イケムラレイコ うみのこ」

建築家フィリップ・フォン・マットによる会場デザインが非常によく出来ています。スタイリッシュな公式WEBサイトと相まって、展覧会の見どころの一つとなりそうです。

イケムラレイコSide B(イケムラレイコ展公式WEBサイト)

10月23日まで開催されています。

「イケムラレイコ うつりゆくもの」 東京国立近代美術館
会期:8月23日(火)~10月23日(日)
休館:水曜日
時間:10:00~17:00 但し金曜は20時まで。
場所:千代田区北の丸公園3-1
交通:東京メトロ東西線竹橋駅1b出口徒歩3分。
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