都内近郊の美術館や博物館を巡り歩く週末。展覧会の感想などを書いています。
はろるど
「No Museum, No Life?ーこれからの美術館事典」 東京国立近代美術館
東京国立近代美術館
「No Museum, No Life?ーこれからの美術館事典 国立美術館コレクションによる展覧会」
6/16-9/13
東京国立近代美術館で開催中の「No Museum, No Life?ーこれからの美術館事典 国立美術館コレクションによる展覧会」を見てきました。
AからZまでの36のキーワードがこれほど効果的に美術館の機能や活動を知らせてくれるとは思いもよりませんでした。
いわゆる国立美術館によるコレクション展。もちろん東京国立近代美術館だけではありません。国内の計5館、京都国立近代美術館、国立西洋美術館、国立国際美術館、国立新美術館、そして東京国立近代美術館の所蔵作品が展示されています。
その数は全部で170点。作品は多様です。日本画に西洋絵画、そして現代美術と幅広い。実は見る前はそれをどのようにして事典、つまりはキーワードと関連付けているのか、あまりイメージが浮かびませんでした。
というわけで早速、例をいくつか挙げてみましょう。例えば「H」、Hangingです。訳して「吊ること」。言われてみれば、美術館の展示で作品が吊られていないことはありません。その意味でも美術館の機能を知る上で重要なキーワードでもあります。
左手前:クロード・ヴィアラ「無題(緑)」 1974年 東京国立近代美術館
右奥:ミロスワフ・バウカ「50×4,85×43×49」 1998年 国立国際美術館
作品は2点。クロード・ヴィアラの平面とミロスワフ・バウカの立体作品が1点ずつ出ています。布にアクリルで描いた緑の斑紋、ヴィアラの「無題」は確かに上から吊るされています。またバウカも同様です。天井から紐で吊るされた椅子。やや傾いていますが、これが作品の主要部分をなすもの。吊りが一つの構成要素になっていることがわかります。
「吊り金具」 東京国立近代美術館
そこから一歩踏み込んでいます。つまり実際に使用する釣り金具をそのまま展示しているのです。ようは美術館で欠かせない道具を作品と同様に見せる仕掛け。普段、観客には目の届かない美術館の裏側をあえて展示、言い換えれば表側にも引き出してもいます。
フランシス・ベーコン「スフィンクスーミュリエル・ベルチャーの肖像」 1979年 東京国立近代美術館
「G」、Guardはどうでしょうか。「保護/警備」と訳されたキーワード。作品はベーコンの「スフィンクスーミュリエル・ベルチャーの肖像」です。かつて同館で行われたベーコン展の記憶も蘇ります。
それにしても「保護/警備」とベーコン、何の繋がりがあるのやといぶかしく思われる方もいるかもしれません。結論から言えば作品の前の保護柵と横の警備員の方を指すもの。つまりベーコン画、それを保護するガラス、保護柵、警備の方の4つ揃って、初めて一つのキーワード、「Guard」を成しているわけなのです。
左:「額」 国立西洋美術館
右:アンリ=ジャン=ギョーム=マルタン「自画像」 1919年 国立西洋美術館
また分かりやすいのが「F」のFrame。つまり「額/枠」です。写真からしても一目瞭然、右には多数の額の描かれたマルタンの「自画像」があり、左には美術館で用いられる額そのものが展示されています。またさも色面がフレーム状に連なるようなステラの絵画も同じく並んでいました。「Frame」をキーワードにマルタンとステラが繋がっているようにも見える。意外な組み合わせです。なかなか新鮮にも映りはしないでしょうか。
左:「ハロゲン照明」 東京国立近代美術館
右:クロード・モネ「ウォータールー橋、ロンドン」 1902年 国立西洋美術館
そのほか「L」のLight、「光/照明」では作品を照らすハロゲンライトそのものを作品と並べる試みもあります。また「T」のTemperature、「温度」ではよく展示室内で見かけもする温度計そのものを展示台に載せて見せています。ちなみに横に並ぶドーミエのリトグラフは温度計を主題としたもの。良く探したものだと感心してしまいました。
右:オノレ・ドーミエ「夏の風物詩『この温度計の野郎め…まだ上がってやがるぞ…』」 1856年 国立西洋美術館
左:「温湿度計」 国立西洋美術館
またこうした美術館を成り立たせる機能のほか、裏側での活動にも焦点を当てているのも見逃せないポイントです。
右:安井曾太郎「金蓉」 1934年 東京国立近代美術館
左:修復前の「金蓉」(パネル)
「C」のConservation、「保存修復」では、安井曾太郎の「金蓉」の修復について紹介。既に2度、修復家の手が入っているそうですが、修復前のひび割れした様子をパネルで紹介しています。
「Research 調査/研究」より「東京国立近代美術館研究紀要」ほか
また「E」のEducation、「教育」では、かつて美術館で行われた教育プログラムの記録などを参照。「R」のResearch、「調査/研究」でも同じようにスタッフの調査や研究を示す紀要などを展示しています。「M」のMoney、「お金」では、パネルで日本と欧米の美術館の運営費や予算について紹介していました。
左手前:「Earthquake 地震」より「免震台」(国立西洋美術館)
地震についても取り上げられていました。「E」からEarthquake、大正関東地震を描いた池田遙邨、そして神戸の震災を写した宮本隆司、米田知子と続きます。それだけでも見応えがありますが、一方で美術館の設備で地震に対応するものは何でしょうか。答えは免震台でした。地震大国、日本です。床に置かれた一台、これなくしてはもはや美術館の展示は成り立たないのかもしれません。
背景:「東京国立近代美術館の収蔵庫」
右上:藤田嗣治「パリ風景」 1918年 東京国立近代美術館
美術館の文字通り裏側、つまり収蔵庫を再現したコーナーには驚きました。しかも一館だけでなく、国立新美術館以外の全ての国立美術館の収蔵庫が紹介されています。また面白いのは全てが藤田の作品であることです。よく見ていかないと、一体、どの美術館のどの藤田なのか分からなくなってしまいます。
「Curation キュレーション」より展覧会準備のための資料
また設営の様子を映した映像、さらにはプランの模型なども展示。展覧会の準備の様子の一端も伝わってきました。
「Zero ゼロ」より出品作の輸送用クレート
ラストでは美術品の梱包物までが展示品と化しています。もはやバックヤードなどありません。ちなみに梱包物のラベルもそのままです。運搬業者はカトーレックでした。きっと展示を終えた際には、再びここへ作品が納められ、各館の収蔵庫へと配送されることに違いありません。
「Internet インターネット」よりモニター
ところで会場内に飾り気なく置かれていた一台のモニターに目が止まりました。ハッシュタグで「#これからの美術館事典」を記したツイッターの画面が出ています。ようは「I」Internetのコーナーですが、このタグでつぶやくと直ぐさまモニターにも反映されるわけです。
大仰に言えば、美術館の展示の中に鑑賞者の体験がダイレクトに盛り込まれるという仕組み。もちろん事前のチェックなどありません。例えばキーワードの選定などには議論もあるでしょう。ここはあえて乗っかって感想などをつぶやいてみては如何でしょうか。
「Naked/Nude 裸体/ヌード」展示風景
設備、備品に限らず、一つのキーワードを接点としての作品の並びにも面白さがあります。ここでは細かに触れませんが、Originalでのルノワールや安井の模写からデュシャン、ウォーホルへと続く流れのほか、Tear、「裂け目」におけるリベラの修復プロセスにフォンタナ、大辻清司のパフォーマンス写真などの展開には思わずにやりとさせられました。
「これからの美術館事典」展示風景
体裁としては純然たるコレクション展ながら、切り口には一工夫も二工夫もある「No Museum, No Life?ーこれからの美術館事典」。見せる上、大いに読ませます。
コンパクトなカタログが良く出来ていました。こちらのテキストで展示に不足した面を補完出来そうです。
「これからの美術館事典」展示風景
ロングランの展覧会です。9月13日まで開催されています。これはおすすめします。
注)一部作品を除き、会場内の撮影が出来ました。
「No Museum, No Life?ーこれからの美術館事典 国立美術館コレクションによる展覧会」 東京国立近代美術館(@MOMAT60th)
会期:6月16日(火)~9月13日(日)
休館:月曜日。但7月20日(月)は開館。翌21日(火)は休館。
時間:10:00~17:00(毎週金曜日は20時まで)*入館は閉館30分前まで
料金:一般1000(800)円、大学生500(400)円、高校生以下無料。
*( )内は20名以上の団体料金。
*WEB割引引換券
*当日に限り、「事物ー1970年代の日本の写真と美術を考えるキーワード」と「MOMATコレクション」も観覧可。
場所:千代田区北の丸公園3-1
交通:東京メトロ東西線竹橋駅1b出口徒歩3分。
「No Museum, No Life?ーこれからの美術館事典 国立美術館コレクションによる展覧会」
6/16-9/13
東京国立近代美術館で開催中の「No Museum, No Life?ーこれからの美術館事典 国立美術館コレクションによる展覧会」を見てきました。
AからZまでの36のキーワードがこれほど効果的に美術館の機能や活動を知らせてくれるとは思いもよりませんでした。
いわゆる国立美術館によるコレクション展。もちろん東京国立近代美術館だけではありません。国内の計5館、京都国立近代美術館、国立西洋美術館、国立国際美術館、国立新美術館、そして東京国立近代美術館の所蔵作品が展示されています。
その数は全部で170点。作品は多様です。日本画に西洋絵画、そして現代美術と幅広い。実は見る前はそれをどのようにして事典、つまりはキーワードと関連付けているのか、あまりイメージが浮かびませんでした。
というわけで早速、例をいくつか挙げてみましょう。例えば「H」、Hangingです。訳して「吊ること」。言われてみれば、美術館の展示で作品が吊られていないことはありません。その意味でも美術館の機能を知る上で重要なキーワードでもあります。
左手前:クロード・ヴィアラ「無題(緑)」 1974年 東京国立近代美術館
右奥:ミロスワフ・バウカ「50×4,85×43×49」 1998年 国立国際美術館
作品は2点。クロード・ヴィアラの平面とミロスワフ・バウカの立体作品が1点ずつ出ています。布にアクリルで描いた緑の斑紋、ヴィアラの「無題」は確かに上から吊るされています。またバウカも同様です。天井から紐で吊るされた椅子。やや傾いていますが、これが作品の主要部分をなすもの。吊りが一つの構成要素になっていることがわかります。
「吊り金具」 東京国立近代美術館
そこから一歩踏み込んでいます。つまり実際に使用する釣り金具をそのまま展示しているのです。ようは美術館で欠かせない道具を作品と同様に見せる仕掛け。普段、観客には目の届かない美術館の裏側をあえて展示、言い換えれば表側にも引き出してもいます。
フランシス・ベーコン「スフィンクスーミュリエル・ベルチャーの肖像」 1979年 東京国立近代美術館
「G」、Guardはどうでしょうか。「保護/警備」と訳されたキーワード。作品はベーコンの「スフィンクスーミュリエル・ベルチャーの肖像」です。かつて同館で行われたベーコン展の記憶も蘇ります。
それにしても「保護/警備」とベーコン、何の繋がりがあるのやといぶかしく思われる方もいるかもしれません。結論から言えば作品の前の保護柵と横の警備員の方を指すもの。つまりベーコン画、それを保護するガラス、保護柵、警備の方の4つ揃って、初めて一つのキーワード、「Guard」を成しているわけなのです。
左:「額」 国立西洋美術館
右:アンリ=ジャン=ギョーム=マルタン「自画像」 1919年 国立西洋美術館
また分かりやすいのが「F」のFrame。つまり「額/枠」です。写真からしても一目瞭然、右には多数の額の描かれたマルタンの「自画像」があり、左には美術館で用いられる額そのものが展示されています。またさも色面がフレーム状に連なるようなステラの絵画も同じく並んでいました。「Frame」をキーワードにマルタンとステラが繋がっているようにも見える。意外な組み合わせです。なかなか新鮮にも映りはしないでしょうか。
左:「ハロゲン照明」 東京国立近代美術館
右:クロード・モネ「ウォータールー橋、ロンドン」 1902年 国立西洋美術館
そのほか「L」のLight、「光/照明」では作品を照らすハロゲンライトそのものを作品と並べる試みもあります。また「T」のTemperature、「温度」ではよく展示室内で見かけもする温度計そのものを展示台に載せて見せています。ちなみに横に並ぶドーミエのリトグラフは温度計を主題としたもの。良く探したものだと感心してしまいました。
右:オノレ・ドーミエ「夏の風物詩『この温度計の野郎め…まだ上がってやがるぞ…』」 1856年 国立西洋美術館
左:「温湿度計」 国立西洋美術館
またこうした美術館を成り立たせる機能のほか、裏側での活動にも焦点を当てているのも見逃せないポイントです。
右:安井曾太郎「金蓉」 1934年 東京国立近代美術館
左:修復前の「金蓉」(パネル)
「C」のConservation、「保存修復」では、安井曾太郎の「金蓉」の修復について紹介。既に2度、修復家の手が入っているそうですが、修復前のひび割れした様子をパネルで紹介しています。
「Research 調査/研究」より「東京国立近代美術館研究紀要」ほか
また「E」のEducation、「教育」では、かつて美術館で行われた教育プログラムの記録などを参照。「R」のResearch、「調査/研究」でも同じようにスタッフの調査や研究を示す紀要などを展示しています。「M」のMoney、「お金」では、パネルで日本と欧米の美術館の運営費や予算について紹介していました。
左手前:「Earthquake 地震」より「免震台」(国立西洋美術館)
地震についても取り上げられていました。「E」からEarthquake、大正関東地震を描いた池田遙邨、そして神戸の震災を写した宮本隆司、米田知子と続きます。それだけでも見応えがありますが、一方で美術館の設備で地震に対応するものは何でしょうか。答えは免震台でした。地震大国、日本です。床に置かれた一台、これなくしてはもはや美術館の展示は成り立たないのかもしれません。
背景:「東京国立近代美術館の収蔵庫」
右上:藤田嗣治「パリ風景」 1918年 東京国立近代美術館
美術館の文字通り裏側、つまり収蔵庫を再現したコーナーには驚きました。しかも一館だけでなく、国立新美術館以外の全ての国立美術館の収蔵庫が紹介されています。また面白いのは全てが藤田の作品であることです。よく見ていかないと、一体、どの美術館のどの藤田なのか分からなくなってしまいます。
「Curation キュレーション」より展覧会準備のための資料
また設営の様子を映した映像、さらにはプランの模型なども展示。展覧会の準備の様子の一端も伝わってきました。
「Zero ゼロ」より出品作の輸送用クレート
ラストでは美術品の梱包物までが展示品と化しています。もはやバックヤードなどありません。ちなみに梱包物のラベルもそのままです。運搬業者はカトーレックでした。きっと展示を終えた際には、再びここへ作品が納められ、各館の収蔵庫へと配送されることに違いありません。
「Internet インターネット」よりモニター
ところで会場内に飾り気なく置かれていた一台のモニターに目が止まりました。ハッシュタグで「#これからの美術館事典」を記したツイッターの画面が出ています。ようは「I」Internetのコーナーですが、このタグでつぶやくと直ぐさまモニターにも反映されるわけです。
大仰に言えば、美術館の展示の中に鑑賞者の体験がダイレクトに盛り込まれるという仕組み。もちろん事前のチェックなどありません。例えばキーワードの選定などには議論もあるでしょう。ここはあえて乗っかって感想などをつぶやいてみては如何でしょうか。
「Naked/Nude 裸体/ヌード」展示風景
設備、備品に限らず、一つのキーワードを接点としての作品の並びにも面白さがあります。ここでは細かに触れませんが、Originalでのルノワールや安井の模写からデュシャン、ウォーホルへと続く流れのほか、Tear、「裂け目」におけるリベラの修復プロセスにフォンタナ、大辻清司のパフォーマンス写真などの展開には思わずにやりとさせられました。
「これからの美術館事典」展示風景
体裁としては純然たるコレクション展ながら、切り口には一工夫も二工夫もある「No Museum, No Life?ーこれからの美術館事典」。見せる上、大いに読ませます。
コンパクトなカタログが良く出来ていました。こちらのテキストで展示に不足した面を補完出来そうです。
「これからの美術館事典」展示風景
ロングランの展覧会です。9月13日まで開催されています。これはおすすめします。
注)一部作品を除き、会場内の撮影が出来ました。
「No Museum, No Life?ーこれからの美術館事典 国立美術館コレクションによる展覧会」 東京国立近代美術館(@MOMAT60th)
会期:6月16日(火)~9月13日(日)
休館:月曜日。但7月20日(月)は開館。翌21日(火)は休館。
時間:10:00~17:00(毎週金曜日は20時まで)*入館は閉館30分前まで
料金:一般1000(800)円、大学生500(400)円、高校生以下無料。
*( )内は20名以上の団体料金。
*WEB割引引換券
*当日に限り、「事物ー1970年代の日本の写真と美術を考えるキーワード」と「MOMATコレクション」も観覧可。
場所:千代田区北の丸公園3-1
交通:東京メトロ東西線竹橋駅1b出口徒歩3分。
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