都内近郊の美術館や博物館を巡り歩く週末。展覧会の感想などを書いています。
はろるど
「N・S・ハルシャ展:チャーミングな旅」 森美術館
森美術館
「N・S・ハルシャ展:チャーミングな旅」
2/4~6/11

インド人の現代アーティスト、N・ S・ハルシャ(1969〜)の世界初の大規模な個展が、森美術館で行われています。

「無題」 2017年
旅の起点は一枚の葉っぱでした。タイトルは「無題」。新作の写真です。ハルシャの出身地は南インドのマイスールです。古くは14世紀末に遡る王国の首都でした。後に同国西部のヴァドーダラーの大学院へ進学し、「進歩的」(解説より)な教育を受けます。そして再び故郷へ戻り、スタジオを構えて、アーティストとしての活動を始めました。
それにしても総勢何名が登場しているのでしょうか。ハルシャは徹底して人間を見据えています。人間こそが重要なモチーフです。一枚のキャンバスに人間を繰り返し、繰り返し、半ば執拗にまで描き込んでいます。しかもまるで行進するかのように並んでいるのです。反復もキーワードの一つでした。

「私たちは来て、私たちは食べ、私たちは眠る」 1999-2001年 クイーンズランド・アートギャラリー、ブリスベン
そのスタイルの発端となったのが「私たちは来て、私たちは食べ、そして私たちは眠る」でした。多くの人が左から右に並んで進んでいます。背景はオレンジです。右側には川が流れ、船に乗ったり、中には泳いで渡る人もいました。何も成人だけでなく、子供から老人までと多様です。銃を構えた兵士もいました。さらに葬列でしょうか。横たわる人を運ぶ姿も見られます。

「私たちは来て、私たちは食べ、私たちは眠る」 1999-2001年 クイーンズランド・アートギャラリー、ブリスベン
また笑っていたり、取り澄ましていたり、指差しては何か怒っていたりと、表情も同じではありません。人は同じようで、実は皆、違っていました。これぞ社会の縮図なのでしょうか。生から死への人生の諸相が表されていました。
ハルシャの人への関心はさらに拡張します。最たるのが「ここに演説をしに来て」でした。ご覧の通りに巨大です。横幅何メートルあるのでしょうか。6枚のパネルが連なっています。

「ここに演説をしに来て」 2008年
登場するのは何と2000名。しかも人間だけでなく動物もいます。全てがカラフルなプラスチックの椅子に座っていました。そしてこれまた表情が様々です。両腕を広げたり、目を手で覆ったり、祈るような面持ちで手を合わせたりする人もいます。当然ながら人種、性別は問いません。

「ここに演説をしに来て」 2008年
面白いのは映画のヒーローも描かれていたことでした。例えばスーパーマンにバットマンです。隣り合わせに座っています。ほかにはフルーダ・カーロらもいるそうです。あまりにも人数の多さに俄かには分かりません。マクロで捉えてもミクロで見ても面白い。キャプションに「この世をながめる」とありましたが、全てを俯瞰する神の視点に近いのかもしれません。まさにこの世の人間、キャラクター、それに動物らが等しく同じ椅子に座っていました。
南インドの文化に根ざした作品が多いのも特徴です。中でも印象的なのが食事に関するインスタレーションでした。

「レフトオーバーズ(残りもの)」 2008/2017年
「レフトオーバーズ(残りもの)」です。同地の伝統的なミールスです。お皿はバナナの皮。そこに香辛料やチャパティなどの食事が盛られています。食品サンプルを用いて制作しています。

「レフトオーバーズ(残りもの)」 2008/2017年
よく見ると全て食べかけでした。残りものとあるように、食べ残しと呼んだ方が適切でしょう。確かにバナナの皮を剥き、ミールス上でかき混ぜたような跡が残っていることが分かります。コップの水も減っていました。

「レフトオーバーズ(残りもの)」 2008/2017年
一部はご覧のように打ち捨てられていました。中にはほぼ食べきっているミールスもありますが、殆ど手を付けていないものもあります。残飯にしてはあまりにも多すぎます。そこにもハルシャのメッセージが込められているのかもしれません。

「ネイションズ(国家)」 2007/2017年
圧巻なのは「ネイションズ」でした。うず高く積まれたのはミシン。全部で193台あります。国連加盟国数と同等です。いずれも足踏み式で無数の糸に包まれています。さらに国旗を表した布が置かれていました。

「ネイションズ(国家)」 2007/2017年
インドにおいて糸車はガンジーの独立運動の象徴です。工業化を表し、労働も意味します。国家の意味を問いただしているのでしょうか。旗の一部は剥落。引きちぎれて落ちているものもあります。一方でミシンから出た糸は網のように広がりつつ、時に細かに分かれては、もつれるように絡み合っています。人々の行き来、ないし国同士の複雑な関係を思わせました。

「ふたたび生まれ、ふたたび死ぬ」 2013年
最大のスケールを誇るのが「ふたたび生まれ、ふたたび死ぬ」です。全長は24メートル。作品は展示室の端から端までに及んでいました。

「ふたたび生まれ、ふたたび死ぬ」 2013年
舞台は宇宙なのでしょうか。とぐろを巻いては左右へ巨大な龍が舞うかのように広がっています。黒い帯の表面には無数の天体が浮かび上がっています。とても数え切れません。まるで巨大な星団、ないし銀河を前にしているかのようでした。

「私の目を見て」 2003年 サクシ・ギャラリー、ムンバイ
インドの哲学や宗教観に踏み込みながらも、どこか「ユーモラス」(解説より)で、親しみやすくもあるもN・ S・ハルシャの世界。食欲を喚起させられるのも面白いところです。南インドの文化に触れるのにも良い機会と言えるのではないでしょうか。

「マター」 2014/2016年
なお制作は美術館の外へも拡張しています。エレベーター前の壁画のほか、66プラザより森タワーを超え、空から宇宙を指し示す猿のオブジェ、「マター」も設置されています。手に持つのはボールです。天体を意味しているのでしょうか。猿はインドでハマヌーン神として信仰されている種だそうです。人から宇宙へと志向するハルシャの旅に終着点はありません。
ロングランの展覧会です。6月11日まで開催されています。
「N・S・ハルシャ展:チャーミングな旅」 森美術館(@mori_art_museum)
会期:2月4日(土)~6月11日(日)
休館:会期中無休。
時間:10:00~22:00
*但し火曜日は17時で閉館。
*入館は閉館の30分前まで。
料金:一般1800円、大学・高校生1200円、中学生以下(4歳まで)600円。
*本展のチケットで東京シティビュー(展望台)にも入館可。
場所:港区六本木6-10-1 六本木ヒルズ森タワー53階
交通:東京メトロ日比谷線六本木駅より地下コンコースにて直結。都営大江戸線六本木駅より徒歩10分。都営地下鉄大江戸線麻布十番駅より徒歩10分。

注)写真はいずれも「クリエイティブ・コモンズ表示 - 非営利 - 改変禁止 2.1 日本」ライセンスでライセンスされています。
「N・S・ハルシャ展:チャーミングな旅」
2/4~6/11

インド人の現代アーティスト、N・ S・ハルシャ(1969〜)の世界初の大規模な個展が、森美術館で行われています。

「無題」 2017年
旅の起点は一枚の葉っぱでした。タイトルは「無題」。新作の写真です。ハルシャの出身地は南インドのマイスールです。古くは14世紀末に遡る王国の首都でした。後に同国西部のヴァドーダラーの大学院へ進学し、「進歩的」(解説より)な教育を受けます。そして再び故郷へ戻り、スタジオを構えて、アーティストとしての活動を始めました。
それにしても総勢何名が登場しているのでしょうか。ハルシャは徹底して人間を見据えています。人間こそが重要なモチーフです。一枚のキャンバスに人間を繰り返し、繰り返し、半ば執拗にまで描き込んでいます。しかもまるで行進するかのように並んでいるのです。反復もキーワードの一つでした。

「私たちは来て、私たちは食べ、私たちは眠る」 1999-2001年 クイーンズランド・アートギャラリー、ブリスベン
そのスタイルの発端となったのが「私たちは来て、私たちは食べ、そして私たちは眠る」でした。多くの人が左から右に並んで進んでいます。背景はオレンジです。右側には川が流れ、船に乗ったり、中には泳いで渡る人もいました。何も成人だけでなく、子供から老人までと多様です。銃を構えた兵士もいました。さらに葬列でしょうか。横たわる人を運ぶ姿も見られます。

「私たちは来て、私たちは食べ、私たちは眠る」 1999-2001年 クイーンズランド・アートギャラリー、ブリスベン
また笑っていたり、取り澄ましていたり、指差しては何か怒っていたりと、表情も同じではありません。人は同じようで、実は皆、違っていました。これぞ社会の縮図なのでしょうか。生から死への人生の諸相が表されていました。
ハルシャの人への関心はさらに拡張します。最たるのが「ここに演説をしに来て」でした。ご覧の通りに巨大です。横幅何メートルあるのでしょうか。6枚のパネルが連なっています。

「ここに演説をしに来て」 2008年
登場するのは何と2000名。しかも人間だけでなく動物もいます。全てがカラフルなプラスチックの椅子に座っていました。そしてこれまた表情が様々です。両腕を広げたり、目を手で覆ったり、祈るような面持ちで手を合わせたりする人もいます。当然ながら人種、性別は問いません。

「ここに演説をしに来て」 2008年
面白いのは映画のヒーローも描かれていたことでした。例えばスーパーマンにバットマンです。隣り合わせに座っています。ほかにはフルーダ・カーロらもいるそうです。あまりにも人数の多さに俄かには分かりません。マクロで捉えてもミクロで見ても面白い。キャプションに「この世をながめる」とありましたが、全てを俯瞰する神の視点に近いのかもしれません。まさにこの世の人間、キャラクター、それに動物らが等しく同じ椅子に座っていました。
南インドの文化に根ざした作品が多いのも特徴です。中でも印象的なのが食事に関するインスタレーションでした。

「レフトオーバーズ(残りもの)」 2008/2017年
「レフトオーバーズ(残りもの)」です。同地の伝統的なミールスです。お皿はバナナの皮。そこに香辛料やチャパティなどの食事が盛られています。食品サンプルを用いて制作しています。

「レフトオーバーズ(残りもの)」 2008/2017年
よく見ると全て食べかけでした。残りものとあるように、食べ残しと呼んだ方が適切でしょう。確かにバナナの皮を剥き、ミールス上でかき混ぜたような跡が残っていることが分かります。コップの水も減っていました。

「レフトオーバーズ(残りもの)」 2008/2017年
一部はご覧のように打ち捨てられていました。中にはほぼ食べきっているミールスもありますが、殆ど手を付けていないものもあります。残飯にしてはあまりにも多すぎます。そこにもハルシャのメッセージが込められているのかもしれません。

「ネイションズ(国家)」 2007/2017年
圧巻なのは「ネイションズ」でした。うず高く積まれたのはミシン。全部で193台あります。国連加盟国数と同等です。いずれも足踏み式で無数の糸に包まれています。さらに国旗を表した布が置かれていました。

「ネイションズ(国家)」 2007/2017年
インドにおいて糸車はガンジーの独立運動の象徴です。工業化を表し、労働も意味します。国家の意味を問いただしているのでしょうか。旗の一部は剥落。引きちぎれて落ちているものもあります。一方でミシンから出た糸は網のように広がりつつ、時に細かに分かれては、もつれるように絡み合っています。人々の行き来、ないし国同士の複雑な関係を思わせました。

「ふたたび生まれ、ふたたび死ぬ」 2013年
最大のスケールを誇るのが「ふたたび生まれ、ふたたび死ぬ」です。全長は24メートル。作品は展示室の端から端までに及んでいました。

「ふたたび生まれ、ふたたび死ぬ」 2013年
舞台は宇宙なのでしょうか。とぐろを巻いては左右へ巨大な龍が舞うかのように広がっています。黒い帯の表面には無数の天体が浮かび上がっています。とても数え切れません。まるで巨大な星団、ないし銀河を前にしているかのようでした。

「私の目を見て」 2003年 サクシ・ギャラリー、ムンバイ
インドの哲学や宗教観に踏み込みながらも、どこか「ユーモラス」(解説より)で、親しみやすくもあるもN・ S・ハルシャの世界。食欲を喚起させられるのも面白いところです。南インドの文化に触れるのにも良い機会と言えるのではないでしょうか。

「マター」 2014/2016年
なお制作は美術館の外へも拡張しています。エレベーター前の壁画のほか、66プラザより森タワーを超え、空から宇宙を指し示す猿のオブジェ、「マター」も設置されています。手に持つのはボールです。天体を意味しているのでしょうか。猿はインドでハマヌーン神として信仰されている種だそうです。人から宇宙へと志向するハルシャの旅に終着点はありません。
【本日2/4(土)開幕!】「N・S・ハルシャ展:チャーミングな旅」森美術館にて開催!会期:2017年2月4日(土)-6月11日(日)詳しくはこちら:https://t.co/7SldWBeTL4 #ハルシャ展 pic.twitter.com/Zh4XIBCaFA
— 森美術館 Mori Art Museum (@mori_art_museum) 2017年2月4日
ロングランの展覧会です。6月11日まで開催されています。
「N・S・ハルシャ展:チャーミングな旅」 森美術館(@mori_art_museum)
会期:2月4日(土)~6月11日(日)
休館:会期中無休。
時間:10:00~22:00
*但し火曜日は17時で閉館。
*入館は閉館の30分前まで。
料金:一般1800円、大学・高校生1200円、中学生以下(4歳まで)600円。
*本展のチケットで東京シティビュー(展望台)にも入館可。
場所:港区六本木6-10-1 六本木ヒルズ森タワー53階
交通:東京メトロ日比谷線六本木駅より地下コンコースにて直結。都営大江戸線六本木駅より徒歩10分。都営地下鉄大江戸線麻布十番駅より徒歩10分。

注)写真はいずれも「クリエイティブ・コモンズ表示 - 非営利 - 改変禁止 2.1 日本」ライセンスでライセンスされています。
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