「海北友松展」 京都国立博物館

京都国立博物館・平成知新館
「開館120周年記念特別展覧会 海北友松」
4/11〜5/21



京都国立博物館・平成知新館で開催中の「開館120周年記念特別展覧会 海北友松」を見てきました。

等伯や永徳と「並び称される」(公式サイトより)桃山時代の絵師、海北友松(かいほうゆうしょう)。しかしながら、その知名度は高いとは言えないかもしれません。

私が海北友松の名を知ったのは「妙心寺展」(東京国立博物館、2009年。)でした。代表的な「花卉図屏風」や「琴棋書画図屏風」などが出展。また「英西と建仁寺展」(東京国立博物館、2014年。)では、「雲龍図」など10数点の作品も展示されました。必ずしも接する機会がなかったわけではありません。

久しぶりの回顧展です。しかも「過去最大規模」(公式サイトより)。初期作や新発見、初公開作を交えた約70点にて、海北友松の画業を明らかにしています。

海北友松は遅咲きでした。とするのも今、知られる作品の多くは60歳以降に描かれたものばかりです。では、それ以前はどのような作品を残していたのでしょうか。実のところ良く分かっていません。

友松は浅井家の家臣の子に生まれます。幼い頃に東福寺に入りますが、のちに主家の浅井家も滅亡。さらに兄も信長に滅ぼされます。すると友松は環俗し、狩野派の門を叩きました。一つの説では元信、また別の記録では永徳に入門したと言われているそうです。


海北友松「山水図屏風」(左隻)

おそらく最初期の友松画が「菊慈童図屏風」でした。無款です。狩野派の色が濃い。木々や岩肌の描線は鋭い一方、中央の仙童は緻密に表現しています。同じく無款ながらも初期友松の作と推定されるのが「山水図屏風」でした。山水ながらも、楼閣などが建ち、人の気配を感じなくはありません。中国の故事を参照した可能性も指摘されています。


海北友松「柏に猿図」 アメリカ・サンフランシスコ・アジア美術館

今回、初めて取り上げられたのが「柏に猿図」です。山水の景観は淡墨と時に彩色を交えて情緒的に表しています。これぞ友松です。一方で手長猿はどうでしょうか。等伯を連想しました。ともすると等伯画にも学んでいたのかもしれません。


海北友雪「海北友松夫妻像」 重要文化財

友松に関する資料も多く展示されていました。例えば「海北家由緒記」です。出自や交友関係が記されています。友松は明智光秀の家臣、斎藤利三をはじめ、茶人の東陽坊長盛、さらに歌壇の権威でもあった細川幽斎や石田三成らと関わっていました。利三の娘はのちに家光の乳母となる春日局です。よほど親交が深かったのでしょうか。利三が本能寺の変で処刑された折、友松は手厚く葬ったそうです。

その恩を春日局は感じていたのかもしれません。「海北友松夫妻像」において妻が着るのは春日局から拝領された小袖です。さらに身を落としていた友松を幕府御用に引き立てました。妙心寺の障壁画の制作を依頼します。そうした経緯についても解説などで細かに紹介されていました。

60歳を過ぎた友松が最初に活躍したのが建仁寺です。大方丈、大中院ほか、禅居庵などの障壁画や障屏画の制作を任されました。

「花鳥図襖」が見事でした。靄に霞む松を背に牡丹や白椿が咲いています。左手の水辺には番の鴨がいました。花は彩色、松はほぼ水墨です。友松の障壁画を見て感心するのは、この彩色の用い方です。水墨を基調としたモノクロームの世界に生命を吹き込むかのように色をつけています。豪胆で素早い松の墨線に対し、草花は愛でるように細かに描いています。この細部への温かい眼差しも友松画の魅力の一つでした。


海北友松「竹林七賢図」(部分) 重要文化財 京都・建仁寺 *前期展示

「袋人物」(解説より)とは言い得て妙ではないでしょうか。一例が「唐人物図襖」でした。何が袋かといえば、人物の表現です。衣を膨らませては丸い身を帯びた人を描いています。まるでぶかぶかのガウンを着ているかのようでした。

さらに「松竹梅図襖(梅図)」も良い。梅は枝を鋭く四方に伸ばしています。構成は時に鋭角的です。さも定規で引いたような線さえあります。迷いがありません。一気呵成に梅を捉えていました。

かの「雲龍図」を67歳にして完成させます。友松は兵火によって焼失した建仁寺の再建に際し、方丈内の5室に計52面もの水墨障壁画を描きました。


海北友松「雲龍図」(部分) 京都・建仁寺

「雲龍図」は左右で全8幅です。ちょうど展示室の角で向かい合うように並んでいました。建仁寺での実際の配置を踏襲しています。

右の龍は大気を巻き込んでは姿を現しています。口を開いて猛々しい。一方で左の龍は風を送り出すように登場。口は閉じて飄々とした様子をしています。そして凛々しい孔雀を表した「花鳥図」や例の袋人物の「竹林七賢図」も建仁寺のための作品です。七賢図の人物の身長は1.3メートル。桃山人物画では異例の大きさだそうです。まさにオリジナルでしょうか。ここに友松の様式が完成したと言えるのかもしれません。

年齢を重ねても友松の活動は衰えることがありません。さらに「軽妙洒脱」(解説より)な水墨を多く制作していきます。

ゆるキャラ風としたら語弊があるでしょうか。「牧馬図屏風」に惹かれました。山水を背景に群れる馬を捉えています。「袋馬」とありましたが、やはり丸っこく、可愛らしい。中には首を体の下に潜らせている馬もいます。「雪村の影響」(解説より)も受けていたのでしょうか。何とも自由です。長閑な空間が広がっています。


海北友松「琴棋書画図屏風」(右隻) 京都・妙心寺 

その名声は宮中にも轟いたのでしょうか。友松は70歳にして八条宮家に出入りするようになります。そこで生み出したのが金碧屏風、「網干図屏風」でした。

率直なところ、驚きました。というのも、主要なモチーフは網と芦のみ。ただそれだけをクローズアップしているからです。しかも網の描写が細かい。濡れていたり、濡れていなかったりします。また結び目の紐の垂れる姿も様々です。背後には海原が広がり、小舟も浮かんでいました。左の芦は雪を冠っているのでしょうか。白く輝いていました。至極斬新な構図です。網の三角形が浮き上がります。その意味ではデザイン的とも呼べるかもしれません。


海北友松「花卉図屏風」(右隻) 京都・妙心寺

妙心寺にも傑作を残しています。うち特に華麗なのが「花卉図屏風」でした。右は牡丹、左が梅と椿です。牡丹は乱れ咲きです。熱気に溢れるほど花を開いています。芳しく、またどこか妖艶でもあります。色は白にピンク、紅色と様々です。よく見ると穴が開いている葉もあります。写生も鋭い。解説に「近代絵画」と記されていましたが、私は鈴木其一を通して、速水御舟の作品を連想しました。



龍は友松の得意のモチーフでした。その龍に関する諸作品が一つの部屋にまとまっています。全4点です。かなり照明を落とした空間でした。また「雲龍図」の評判は朝鮮半島にも及んでいたそうです。その史料も合わせて展示されています。ともかく全般的に資料考証が綿密です。中には画料の領収書まであります。絵画作品の魅力だけでなく、友松自体の生き様なりが伝わるような構成でした。

ラストがこそハイライトかもしれません。友松最晩年の「月下渓流図屏風」で展覧会は幕を下ろします。


海北友松「月下渓流図屏風」(左隻) アメリカ・ネルソン・アトキンズ美術館

無人の静寂です。感じられるのは水の音でした。一面の霞です。山深き渓谷でしょうか。夜明けの景色です。左上には朧げに満月が浮かび上がっています。余白は大気に満ちていました。僅かな白い光が滲み出しています。花のみが彩色です。梅に椿、ツクシにタンポポも咲いていました。あるがままの自然の風情です。画面は随所で自ら生動しています。思わず深呼吸してしまいました。


海北友松「松竹梅図襖(松に叭々鳥図)」 京都・禅居庵 *後期展示

展示替えの情報です。会期中、一部の作品が入れ替わります。

「開館120周年記念特別展覧会 海北友松」出品リスト(PDF)
前期:4月11日(火)〜4月30日(日)
後期:5月2日(火)〜5月21日(日)

さらに「網干図屏風」や「浜松図屏風」、「禅宗祖師・散聖図押絵貼屏風」などの数点の作品は、変則的な出展期間となっています。詳細は出品リストをご参照下さい。



会期第1週目の土曜日の夕方、夜間開館を利用してきましたが、館内は大変に空いていました。

一部時間帯において混み合う場合があるようですが、今のところ入場待ちの待機列は発生していません。混雑状況については京都国立博物館のアカウント(@kyohaku_gallery)がこまめに情報を発信しています。そちらも参考となりそうです。


京都国立博物館では過去、狩野永徳展、長谷川等伯展、狩野山楽・山雪展、桃山時代の狩野派展と、定期的に桃山時代の絵師に関する展覧会を行ってきました。

その完結編にあたるのが海北友松です。しかも内容も締めくくりに相応しい。極めて充実しています。京都の単独開催です。もちろん東京への巡回もありません。



5月21日まで開催されています。おすすめします。

「開館120周年記念特別展覧会 海北友松」 京都国立博物館・平成知新館
会期:4月11日(火)~5月21日(日)
時間:9:30~18:00。
 *毎週金・土曜日は20時まで開館。
 *入館は閉館の30分前まで。
休館:月曜日。
料金:一般1500(1300)円、大学生1200(1000)円、高校生900(700)円。中学生以下無料。
 *( )は20名以上の団体料金。
住所:京都市東山区茶屋町527
交通:京阪電車七条駅より徒歩7分。JR京都駅より市バスD1のりばから100号、D2のりばから206・208号系統にて博物館・三十三間堂前下車。
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