都内近郊の美術館や博物館を巡り歩く週末。展覧会の感想などを書いています。
はろるど
「ブリューゲル バベルの塔展」 東京都美術館
東京都美術館
「ボイマンス美術館所蔵 ブリューゲル バベルの塔展」
4/18~7/2
東京都美術館で開催中の「ボイマンス美術館所蔵 ブリューゲル バベルの塔展」を見てきました。
ピーテル・ブリューゲル1世の傑作、「バベルの塔」が、24年ぶりに日本にやって来ました。
舞台は旧約聖書の創世記です。かつて世界で同じ言葉を使っていた人々は、レンガとアスファルトにて、天まで届く塔を建てようと試みます。しかし神は許さず、人々の言葉を混乱させ、互いに聞き分けられないようにしました。そして彼らを全ての地に散らしたため、バベルの街づくりは頓挫。結局、塔は完成しませんでした。
ブリューゲルの現存する「バベルの塔」は計2点です。うち1点はウィーン美術史美術館の所蔵です。今回展示されたのはもう1点、ボイマンス美術館の所蔵品でした。
ともかく緻密でかつ精緻です。解説に「超絶技巧」とありましたが、あながち誇張ではありません。登場人物は1400名。時に足場を組んでは塔の建設に勤しんでいます。
宗教主題とはいえ、建築物の細微な描写のほか、後景へのパノラマ的展開など、ブリューゲルは明らかに風景として塔を表しています。教訓的な内容は伺えません。レンガの色も塗り分けられ、細部に立ち入れば、例えばトンカチの音でも聞こえてくるような臨場感さえありました。とはいえ、人の大きさはゴマ粒ほどです。実のところ、作品自体も横で75センチ弱と大きくありません。建設資材はおろか、重機やクレーン、さらに港の帆船なども事細かに描かれていますが、肉眼で確認するのはおおよそ困難でした。
そこで重宝するのが高精細複製画です。実物の3倍。横幅2メートルにも及びます。とても良く出来ていました。ほか「バベル、マクロの視点、ミクロの視点」と題した映像も有用です。バベルのある展示室は2階。順路の最後です。ほぼバベルしかない、まさにバベルのための部屋が現出しています。ここは実物のイメージを複製と映像で補完しながら楽しみました。
さてバベルの塔と並び、目玉でもあるのがヒエロニムス・ボスです。世界に25点しか現存しない油彩のうち、「放浪者(行商人)」と「聖クリストフォロス」の2点がやって来ています。
ヒエロニムス・ボス「放浪者(行商人)」(部分) 1500年頃
まずは「放浪者」です。ボロボロの服を着た男が後ろを振り返りながら歩いています。商人なのでしょう。くたびれた衣服のほか、背負うカゴの質感も細かい。よく見ると腰にナイフを付けています。そしてカゴにはスプーンが括られていました。足元も片足が靴で、一方はスリッパです。身なりしかり、とても商いで成功しているようには思えません。
男の背後に建つのは娼館でした。これも古い。屋根の一部は崩落。扉も傾いています。客と娼婦なのでしょうか。入口では男女が寄り添っていました。行商人は既に娼館に立ち寄ったのか、それとも入ろうとしているのか定かではありません。
ヒエロニムス・ボス「聖クリストフォロス」(部分) 1500年頃
より奇異なのが「聖クリストフォロス」でした。「キリストを背負うもの」を意味する聖人の物語です。大きな杖をつきながらキリストを背に川を渡っています。後景に注目です。例えば右側の瓶には梯子がかかり、中から小人が姿を見せています。しかもランタンを吊り上げていました。さらに聖人の左後方では熊を縛り首にする猟師がいます。川の向こうの廃墟には怪物が顔を突き出しています。いずれも7つの大罪などの暗喩と指摘されていますが、こうした細部の不思議な事物の描写も、ボスの大きな魅力と言えるかもしれません。
バベルにボス2点。WEBサイトや広告でも、これらの作品ばかりが目立ちますが、何もブリューゲルとボスだけの展示ではありません。
出品作は約90点です。絵画に版画、そして彫刻を交え、15~16世紀のネーデルラントの芸術の諸相を俯瞰しています。
ピーテル・ブリューゲル1世「大きな魚は小さな魚を食う」(部分) 1557年
例えば「ボスリバイバル」です。ボスは同時代、ないし後の時代の画家を魅了します。よって作風を真似た版画や絵画が数多く制作されました。それらもまとめて展示。またブリューゲルへの影響も顕著です。ボスがいかに多方面に影響を与えたのかを追うことも出来ます。
冒頭はネーデルランドの彫刻でした。「四大ラテン教父」ほか、「ニコデモ」、「跪くヨセフ」など7点の作品が並びます。いずれも思いがけないほど写実性が高い。特に顔の表情が真に迫っています。しかも一部には彩色も確認出来ました。ちなみにこれらの彫刻は、当初、祭壇を飾るために制作されましたが、主に19世紀になって切り離されたそうです。
また主題と風景の関係、ないしイタリア美術の影響についても触れています。ディーリク・バウツの「キリストの頭部」や、ルカス・ファン・レイデンの「ヨセフの衣服を見せるポパテルの妻」などの優品も少なくありませんでした。
さて最後に一枚、大変に印象に残った作品を挙げたいと思います。それがヨアヒム・パティニールの「ソドムとゴモラの滅亡がある風景」でした。
ヨアヒム・パティニール「ソドムとゴモラの滅亡がある風景」 1520年
左後方がソドムとゴモラの町です。いわゆる「悪徳の町」でした。退廃の極みに達したのでしょう。神の裁きを受け炎上。創世記では炎と硫黄の雨により焼き尽くされたと記されています。
ここで目を引くのがロトです。右の岩場では家族が天使に導かれて逃げています。さらに上の天幕ではのちのロトのエピソード、すなわちロトの子を得ようとする娘の様子が描かれています。それにしても燃え盛る町の光景は恐ろしい。逃げ遅れている者もいます。炎は空までを朱色に焦がしていました。
中央の岩の左下方にも要注目です。肉眼ではなかなか分かりにくいかもしれませんが、白く細い線が1本、縦にひかれています。これがロトの妻です。神は逃げる際、ロト一家に後ろを振り向いてはならないと告げましたが、妻は振り返ってしまいます。そして塩の柱にさせられました。それも細かに描いているわけです。
会場内の状況です。私が東京都美術館に着いたのは、会期第1週の土曜の14時頃でした。すると特に待機列もなく、館内へはスムーズに入場出来ました。
さすがに話題の展覧会です。1週目にしては混雑していたかもしれません。版画では最前列確保のための列も僅かに発生していました。
バベルへの動線は2つです。1つは最前列。おおよそ1メートル弱の距離からバベルを鑑賞出来ます。ただし立ち止まりは許されません。私の時は20~30名ほど並んでいました。待ち時間はせいぜい5分以下です。並び直しては何度も見ることが出来ました。
もう1つは後列からの鑑賞です。ここは立ち止まって見ることが可能です。ただし距離があります。率直ところ単眼鏡がないとまるで分かりません。
大友克洋「INSIDE BABEL」
バベルしかり、全般的に小さな作品が目立ちます。よって遠目での鑑賞は困難です。バベルの知名度は抜群です。展覧会の広告も多く、早々に混雑することが予想されます。当面は金曜の夜間開館も狙い目となりそうです。
「芸術新潮2017年5月号/バベルの塔の謎/新潮社」
「バベルの塔展 待ち時間お知らせ」のアカウント(@babel_konzatsu)が、混雑情報をこまめに発信しています。
同じく上野の「東京藝術大学COI拠点 Arts & Science LAB」では、バベルの塔を3メートル超の立体で再現する取り組みが行われていました。そちらはまた別エントリでご紹介したいと思います。
7月2日まで開催されています。なお東京展終了後、大阪の国立国際美術館(7/18~10/15)へと巡回します。
「ボイマンス美術館所蔵 ブリューゲル バベルの塔展」(@2017babel) 東京都美術館(@tobikan_jp)
会期:4月18日(火)~7月2日(日)
時間:9:30~17:30
*毎週金曜日は20時まで開館。
*入館は閉館の30分前まで。
休館:月曜日。但し5月1日(月)は開館。
料金:一般1600(1400)円、大学生・専門学校生1300(1100)円、高校生800(600)円、65歳以上1000(800)円。高校生以下無料。
*( )は20名以上の団体料金。
*毎月第3水曜日はシルバーデーのため65歳以上は無料。
*毎月第3土曜、翌日曜日は家族ふれあいの日のため、18歳未満の子を同伴する保護者(都内在住)は一般料金の半額。(要証明書)
住所:台東区上野公園8-36
交通:JR線上野駅公園口より徒歩7分。東京メトロ銀座線・日比谷線上野駅7番出口より徒歩10分。京成線上野駅より徒歩10分。
「ボイマンス美術館所蔵 ブリューゲル バベルの塔展」
4/18~7/2
東京都美術館で開催中の「ボイマンス美術館所蔵 ブリューゲル バベルの塔展」を見てきました。
ピーテル・ブリューゲル1世の傑作、「バベルの塔」が、24年ぶりに日本にやって来ました。
舞台は旧約聖書の創世記です。かつて世界で同じ言葉を使っていた人々は、レンガとアスファルトにて、天まで届く塔を建てようと試みます。しかし神は許さず、人々の言葉を混乱させ、互いに聞き分けられないようにしました。そして彼らを全ての地に散らしたため、バベルの街づくりは頓挫。結局、塔は完成しませんでした。
ブリューゲルの現存する「バベルの塔」は計2点です。うち1点はウィーン美術史美術館の所蔵です。今回展示されたのはもう1点、ボイマンス美術館の所蔵品でした。
【ここがすごいぞ!バベルの塔⑤】《バベルの塔》の魅力は、細部の描き込みと同時に、壮大なパノラマを成立させているところにもあります。引きで見ても美しい、卓越した構成力は、まさにブリューゲルだからこそ成し得た表現です。だからあたかも実在したかのような存在感を放っているんですね。 pic.twitter.com/lIL1Imyib4
— タラ夫@「バベルの塔」展公式 (@2017babel) 2017年2月28日
ともかく緻密でかつ精緻です。解説に「超絶技巧」とありましたが、あながち誇張ではありません。登場人物は1400名。時に足場を組んでは塔の建設に勤しんでいます。
宗教主題とはいえ、建築物の細微な描写のほか、後景へのパノラマ的展開など、ブリューゲルは明らかに風景として塔を表しています。教訓的な内容は伺えません。レンガの色も塗り分けられ、細部に立ち入れば、例えばトンカチの音でも聞こえてくるような臨場感さえありました。とはいえ、人の大きさはゴマ粒ほどです。実のところ、作品自体も横で75センチ弱と大きくありません。建設資材はおろか、重機やクレーン、さらに港の帆船なども事細かに描かれていますが、肉眼で確認するのはおおよそ困難でした。
そこで重宝するのが高精細複製画です。実物の3倍。横幅2メートルにも及びます。とても良く出来ていました。ほか「バベル、マクロの視点、ミクロの視点」と題した映像も有用です。バベルのある展示室は2階。順路の最後です。ほぼバベルしかない、まさにバベルのための部屋が現出しています。ここは実物のイメージを複製と映像で補完しながら楽しみました。
さてバベルの塔と並び、目玉でもあるのがヒエロニムス・ボスです。世界に25点しか現存しない油彩のうち、「放浪者(行商人)」と「聖クリストフォロス」の2点がやって来ています。
ヒエロニムス・ボス「放浪者(行商人)」(部分) 1500年頃
まずは「放浪者」です。ボロボロの服を着た男が後ろを振り返りながら歩いています。商人なのでしょう。くたびれた衣服のほか、背負うカゴの質感も細かい。よく見ると腰にナイフを付けています。そしてカゴにはスプーンが括られていました。足元も片足が靴で、一方はスリッパです。身なりしかり、とても商いで成功しているようには思えません。
男の背後に建つのは娼館でした。これも古い。屋根の一部は崩落。扉も傾いています。客と娼婦なのでしょうか。入口では男女が寄り添っていました。行商人は既に娼館に立ち寄ったのか、それとも入ろうとしているのか定かではありません。
ヒエロニムス・ボス「聖クリストフォロス」(部分) 1500年頃
より奇異なのが「聖クリストフォロス」でした。「キリストを背負うもの」を意味する聖人の物語です。大きな杖をつきながらキリストを背に川を渡っています。後景に注目です。例えば右側の瓶には梯子がかかり、中から小人が姿を見せています。しかもランタンを吊り上げていました。さらに聖人の左後方では熊を縛り首にする猟師がいます。川の向こうの廃墟には怪物が顔を突き出しています。いずれも7つの大罪などの暗喩と指摘されていますが、こうした細部の不思議な事物の描写も、ボスの大きな魅力と言えるかもしれません。
バベルにボス2点。WEBサイトや広告でも、これらの作品ばかりが目立ちますが、何もブリューゲルとボスだけの展示ではありません。
出品作は約90点です。絵画に版画、そして彫刻を交え、15~16世紀のネーデルラントの芸術の諸相を俯瞰しています。
ピーテル・ブリューゲル1世「大きな魚は小さな魚を食う」(部分) 1557年
例えば「ボスリバイバル」です。ボスは同時代、ないし後の時代の画家を魅了します。よって作風を真似た版画や絵画が数多く制作されました。それらもまとめて展示。またブリューゲルへの影響も顕著です。ボスがいかに多方面に影響を与えたのかを追うことも出来ます。
冒頭はネーデルランドの彫刻でした。「四大ラテン教父」ほか、「ニコデモ」、「跪くヨセフ」など7点の作品が並びます。いずれも思いがけないほど写実性が高い。特に顔の表情が真に迫っています。しかも一部には彩色も確認出来ました。ちなみにこれらの彫刻は、当初、祭壇を飾るために制作されましたが、主に19世紀になって切り離されたそうです。
また主題と風景の関係、ないしイタリア美術の影響についても触れています。ディーリク・バウツの「キリストの頭部」や、ルカス・ファン・レイデンの「ヨセフの衣服を見せるポパテルの妻」などの優品も少なくありませんでした。
さて最後に一枚、大変に印象に残った作品を挙げたいと思います。それがヨアヒム・パティニールの「ソドムとゴモラの滅亡がある風景」でした。
ヨアヒム・パティニール「ソドムとゴモラの滅亡がある風景」 1520年
左後方がソドムとゴモラの町です。いわゆる「悪徳の町」でした。退廃の極みに達したのでしょう。神の裁きを受け炎上。創世記では炎と硫黄の雨により焼き尽くされたと記されています。
ここで目を引くのがロトです。右の岩場では家族が天使に導かれて逃げています。さらに上の天幕ではのちのロトのエピソード、すなわちロトの子を得ようとする娘の様子が描かれています。それにしても燃え盛る町の光景は恐ろしい。逃げ遅れている者もいます。炎は空までを朱色に焦がしていました。
中央の岩の左下方にも要注目です。肉眼ではなかなか分かりにくいかもしれませんが、白く細い線が1本、縦にひかれています。これがロトの妻です。神は逃げる際、ロト一家に後ろを振り向いてはならないと告げましたが、妻は振り返ってしまいます。そして塩の柱にさせられました。それも細かに描いているわけです。
会場内の状況です。私が東京都美術館に着いたのは、会期第1週の土曜の14時頃でした。すると特に待機列もなく、館内へはスムーズに入場出来ました。
さすがに話題の展覧会です。1週目にしては混雑していたかもしれません。版画では最前列確保のための列も僅かに発生していました。
バベルへの動線は2つです。1つは最前列。おおよそ1メートル弱の距離からバベルを鑑賞出来ます。ただし立ち止まりは許されません。私の時は20~30名ほど並んでいました。待ち時間はせいぜい5分以下です。並び直しては何度も見ることが出来ました。
もう1つは後列からの鑑賞です。ここは立ち止まって見ることが可能です。ただし距離があります。率直ところ単眼鏡がないとまるで分かりません。
大友克洋「INSIDE BABEL」
バベルしかり、全般的に小さな作品が目立ちます。よって遠目での鑑賞は困難です。バベルの知名度は抜群です。展覧会の広告も多く、早々に混雑することが予想されます。当面は金曜の夜間開館も狙い目となりそうです。
「芸術新潮2017年5月号/バベルの塔の謎/新潮社」
「バベルの塔展 待ち時間お知らせ」のアカウント(@babel_konzatsu)が、混雑情報をこまめに発信しています。
同じく上野の「東京藝術大学COI拠点 Arts & Science LAB」では、バベルの塔を3メートル超の立体で再現する取り組みが行われていました。そちらはまた別エントリでご紹介したいと思います。
7月2日まで開催されています。なお東京展終了後、大阪の国立国際美術館(7/18~10/15)へと巡回します。
「ボイマンス美術館所蔵 ブリューゲル バベルの塔展」(@2017babel) 東京都美術館(@tobikan_jp)
会期:4月18日(火)~7月2日(日)
時間:9:30~17:30
*毎週金曜日は20時まで開館。
*入館は閉館の30分前まで。
休館:月曜日。但し5月1日(月)は開館。
料金:一般1600(1400)円、大学生・専門学校生1300(1100)円、高校生800(600)円、65歳以上1000(800)円。高校生以下無料。
*( )は20名以上の団体料金。
*毎月第3水曜日はシルバーデーのため65歳以上は無料。
*毎月第3土曜、翌日曜日は家族ふれあいの日のため、18歳未満の子を同伴する保護者(都内在住)は一般料金の半額。(要証明書)
住所:台東区上野公園8-36
交通:JR線上野駅公園口より徒歩7分。東京メトロ銀座線・日比谷線上野駅7番出口より徒歩10分。京成線上野駅より徒歩10分。
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