「町田久美 - 日本画の線描」 高崎市タワー美術館

高崎市タワー美術館群馬県高崎市栄町3-23 高崎タワー21)
「町田久美 - 日本画の線描」
6/28-8/24



近代日本画の系譜に関連付けられた町田久美の世界は、いつものコンテンポラリーな様相とはいささか異なって見えます。国内の美術館では初めてとなるという、町田久美の個展です。館蔵の近代日本画の展観を第一部(18点)に置き、その後に全37点の町田作品(第二部)が続く構成となっていました。

町田久美の半ば前座をつとめているのは、深水や松園、それに古径らと言った、名だたる近代日本画家です。出品は計18点と多くはありませんが、それこそ線描では他の追従を許さない松園が二点も出ているのには感心させられました。松園お得意の涼し気な簾越しに、さながら涼をとるかのようにして身を乗り出す「京美人之図」の美しさと言ったら比類がありません。また松園のような緊張感のある線とは対照的な、例えば力の抜けた緩みの線描で見る者を楽しませる、小川芋銭の「山村春遍・秋浦魚楽」も必見の一枚と言えるでしょう。4面に分かれたような長閑な山水の光景を、南画を思わせるタッチにて牧歌的に表しています。ついこの前の茨城県美の名品展で芋銭に惹かれていた私にとって、高崎でこのような大作を見られたことは嬉しいサプライズでした。

日本画の一角を過ぎると登場するのが、今回の展観の真打ち、町田久美の全37点に及ぶ近作群です。彼女の作品は西村の個展でも相応に出ていたので、その記憶も新しいところではありましたが、さすがにこれほどのボリュームをもってすると、またさらに印象を深めるものがあります。スプーンのそれこそ成分が変化したのか、先がにゅっと手のひらへ突き刺さる「成分」をはじめ、何やら皮膚の表面を箸でぐいっとつまみ出すかのような「対処法」、そしてつり革部分と手が溶け合って一体化した「帰宅」など、簡素なモチーフながらも、意外な組み合わせの生む世界観はまさしく痛快です。艶やかな線に見惚れながらも、それとは対照的なおどろおどろしさがまたたまらない魅力をたたえています。その辺のギャップもまた彼女の面白さの一つです。

展示は決して時系列に続くものではありませんが、過去作よりも近作の方がより一層、線描に揺るぎない自信の表れとも言えるかのような、ようは艶の中に見え隠れする力強さが発露されているようにも感じられます。またより簡素な展開を指向するモチーフは、とりわけ近作において人や事物同士の関係、しかも各々がすれ違いながらも、どこかまたくっ付きそうな緊張感をもっているという、緩やかな繋がりが意識されてきているようにも思えました。「画家のことば」という、町田自身の言葉が集められた解説シート(非常に良く出来ています。)によれば、和やかな様相を見せる「ごっこ」や「優しいひとたち」も決して繋がっているわけではありませんが、それでもそこには恥じらいながらも関係を望む意識が滲み出ているように見えてなりません。冷ややかな線描とアイロニカルな世界の中から、他者への思いや温かさが確実にわきあがっているようです。

今月24日までの開催です。なお同美術館は、高崎駅東口のロータリーを挟んだ真向かいに位置しますが、駅よりのデッキがまだ直結していないため、一度階段を降り、地上より若干迂回するかたちでしか入場出来ません。ご注意下さい。

*関連エントリ
「町田久美 Snow Day」 西村画廊
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SLで行く、ハラミュージアムアーク 2008/8

こちらの記事をほぼ踏襲したスケジュールで行ってきました。つい先日、磯崎新設計の「觀海庵」の増築が完成した、群馬県は伊香保にあるハラミュージアムアークです。



  

  

memeさんのSL乗車記がどうしても気になっていたので、まずは高崎から渋川への往路にSLを使ってみることにしました。SLの高崎の発車時刻は9時56分。それに間に合うように高崎駅へ到着すると、水上行SLの発車するホームは既に黒山の人だかりです。ちょうど客車との連結作業をしているところでした。



  

高崎から渋川までは約30分ほどの小旅行です。乗ったのは機関車から一番遠い一号車ということで、車内ではそれほどSL気分を味わうまでにはいきませんが、車掌による硬券の検札の他、蒸気機関のゴオーという音とともに発せられた煙の様子も窓から楽しむことが出来ます。また沿線には、カメラを構え、汽車に手を振る人たちが至る所に立っていました。夏季限定、週に2、3回、1日1往復というレアなSLは、さすがに相当の人気者のようです。ちなみに私も生まれて初めて蒸気機関車に乗りました。これは感動ものです。

 

  

  

渋川駅からハラミュージアムアークへはバス便が意外と便利です。駅からは約20分弱でほどしょうか。伊香保温泉行きに乗り込み、駅前市街地を抜け、山道へ入るとあっさりと到着しました。(ちょうど温泉街の手前です。)入口はミュージアムアークと同敷地にあるグリーン牧場です。(チケットは共通券。割引券あり。)率直なところ、入口を見る限りでは、この昭和ムード満点の観光地に、かのハラミュージアムアークがあるとは到底思えませんが、乳搾り、乗馬体験、それに原っぱなどを尻目に見ながら、入口より最奥部にある美術館を目指して歩きました。灼熱の群馬は高地でも強烈です。木陰と山より来る涼しい風だけが頼りでした。



  

  

  

奇妙なオブジェ、もしくは木立で遮られていた視界が開けてくると見えてくるのは、大地へ横たわるように両手を広げる、磯崎新による真っ黒な美術館、ハラミュージアムアークです。「觀海庵」と同じく増築されたダールで食事をとり、本館入口へと進みます。館内入口やミュージアムショップなど、このどこか尖った都会的なセンスは、品川の原美と似たような雰囲気でした。美術館の展示、建物の印象についてはまた別エントリにて触れたいと思いますが、ともかく「觀海庵」の展示があまりにも完璧です。文字通り庵、ようは一室のみの小さな空間ですが、これほど古今東西のアートが有機的に、しかも緊張感をもって合一した例を他に見たことがありません。ハッキリ申し上げて、コンテンポラリー、もしくは建築好きにとってはこれを見ないと損します。



  

ハラミュージアムを見た後は、グリーン牧場内をしばらくうろうろと散歩しました。榛名山をのぞむ裾野でのんびりと草を貪る馬や羊、それに牧舎で一心不乱に餌を食べる牛たちなどを、ついつい時間を忘れて見入ってしまいます。また園内にある楽焼の絵付けも挑戦してみました。完成した品はとても人様に見せられるような代物ではありませんが、家で愛用出来るようなマグカップが手に入ってとりあえずは満足です。



帰りは鈍行で高崎へ舞い戻り、タワー美術館の町田展を観賞しました。そちらもミュージアムアークの感想同様、別記事にて触れるつもりです。

*関連エントリ
「觀海庵落成記念コレクション展 - まなざしはときをこえて - 」 ハラミュージアムアーク
「町田久美 - 日本画の線描」 高崎市タワー美術館
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大琳派展@東博、続報(関連講演会、書籍など。)

表裏に図版の掲載されたチラシも華やかです。先日、拙ブログでもお伝えした東博の大琳派展ですが、公式HPに関連講演会などの情報が追記されています。以下、最近になって公開された展示情報を抜き出してみました。



大琳派展東京国立博物館(10/7~11/16)
大琳派展(東博)、公式サイトオープン

1.前売ペアチケット発売
 二枚で2000円の前売ペアチケットが先日6日より発売されています。これは一般(1500円)の二枚分よりも1000円、また前売(1300円)と比べても600円は安いというお得な割引チケットです。東博ということで年間パスをお持ちの方も多いかとは思いますが、展示替えも予定されているので、全部を堪能するために前もってこれを購入しておくのも一つの手ではないでしょうか。ちなみにこのペアチケットは、一人で2度観覧するのに使うことも可能です。かなり便利です。

2.記念座談会、及び連続講座「琳派芸術の基底」
 展示にあわせての講演会、もしくは連続講座が企画されています。ともに有料なのでやや敷居の高いところではありますが、関心のある方は参加してみては如何でしょう。私も講座を申し込みするつもりです。

 ・記念座談会「琳派の美を語る」
 出演:坂東玉三郎、細見良行(細見美術館館長)、田沢裕賀(東博絵画、彫刻室長)
 日時:10/29(水) 13:00~
 会場:東博平成館大講堂
 入場料:未定。9月中旬よりぴあにて発売。

 ・連続講座「琳派芸術の基底」(全5講)
 会場:東博平成館大講堂
 定員:380名
 受講料:1000円(初日に会場での支払い。)
 申し込み方法:往復はがきにて。
 日時、講座内容:
  10/11(土)「継承の美 光琳の果たした役割」 田沢裕賀(東博絵画、彫刻室長)
  10/12(日)「琳派の誕生」 中部義隆(大和文華館学芸部次長)
        「描くことと作ること 琳派の工芸」 竹内奈美子(東博主任研究員)
  10/13(月・祝) 「酒井抱一と江戸文化」 岡野智子(細見美術館主任学芸員)
           「総合討論」



3.其一の「群仙図屏風」の里帰り展示
 半ば定番の感もあるこの手の大型企画展の成功は、普段、日本であまり紹介されない海外作品をどれだけ「里帰り」させるかにもかかっています。現在、ちらしなどで一番目につくその里帰り作は、ファインバーグ・コレクションよりの鈴木其一の「群仙図屏風」です。今回の展示は、風神雷神を宗達、光琳、抱一だけでなく、あえて其一の襖も並べるという例も挙げられるように、其一に相当注目が集まるのではないかと予想されますが、今作品の展観もそのような其一への風を新たに起こすものの一つとなるやもしれません。

4.「もっと知りたい」シリーズ(抱一、光琳、宗達)は9月下旬に3冊同時発売
 かねてより刊行が告知されていた東京美術の「もっと知りたい」琳派三部作が、当初の予定(7月より一冊ずつの販売)より変更され、9月下旬に一括発売されることが決まりました。以下にそのチラシ画像を掲載しておきます。各々の代表作を艶やかに表紙に並べ、玉蟲氏や仲町氏などの重鎮が監修をつとめるという会心の一作です。これは期待出来そうです。



つい先日、残り約1週間となった「対決展」へ行ってきましたが、会場で最も混雑していたのは宗達と光琳の「風神雷神図屏風」の展示スペースでした。琳派の人気は非常に根強いものがあります。秋の東博は対決の熱気を上回るのかもしれません。
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「NIPPONの夏」 三井記念美術館

三井記念美術館中央区日本橋室町2-1-1 三井本館7階)
「NIPPONの夏 - 応挙・歌麿・北斎から『きもの』まで」
7/12-9/15(前期:7/12-8/10、後期:8/13-9/15)



見るなら前期という評判を聞き、前半期最終日の前日に駆け込みで拝見してきました。この夏の東京でもとりわけ粋な展覧会、「NIPPONの夏」です。

 

「朝の章」や「日盛の章」などと言う、その章立てからしても洒落ていると感じるのは私だけでしょうか。展示されているのは、主に江戸時代の、夏に因む絵画や工芸、陶など、約100点の品々です。三井記念美術館というと、充実した館蔵品の展観というイメージがありますが、今回は千葉市美やサントリー、それにMOAや大和文華館など、他館の作品も多く紹介されています。ちなみにちらし表紙を飾る北斎の肉筆「夏の朝」も、個人のコレクション品です。ふと手鏡越しに髪を直す女性が、北斎の得意とするシャープな筆遣いで颯爽と表されています。足元の金魚鉢、もしくは水鉢の朝顔も涼し気でした。



目で清涼感を味わうには最上の作品が揃います。納戸色に染まる単衣に、秋草モチーフの紋様があしらわれた「納戸絽地秋草模様単衣」をはじめ、ガラス製のきせるの中央部がうっすらと青みを帯びた「ガラスきせる」、それに同じくガラスのねじり棒を用いて、藍、紅、透明と三色に輝く「色ガラス棒虫籠」などはその一例に挙げられるでしょう。そして何と言っても圧巻なのは、あたかも飛沫を実際に浴びるかのような臨場感をたたえた、応挙の「青楓瀑布図」です。こちらはサントリー美術館の優品ということで、先だっての展示でも目にされた方も多いとは思いますが、今回はその隣に三井記念美術館蔵の同じく応挙、「瀑布図」があわせて展示されています。ザッと流れ落ちる滝へ、うっすらと溶け込むように靡く楓が、何とも風流でした。

このような応挙の作品をはじめとする、充実した絵画が並んでいるのも今回の展示の良い点です。冒頭、師抱一の風雅な世界を思わせる一輪の朝顔が描かれた其一の「朝顔図」、または輪郭線のない没骨法にて、月影に沈む竹の様子を蝙蝠とともに示した廬雪の「月夜竹に蝙蝠図」などは必見の作品と言えるでしょう。とりわけ後者は『幻想の画家』、廬雪ならではの幽玄美の光る名品です。対決展での「虎図」に見る、ど迫力の廬雪とは対照的な、例えばかつてのこちらの展示で出ていた「蛙図」のような静謐な美意識が発露されています。力押ししない廬雪は他の追従を許しません。



のんびりと涼に浸っていた私を打ちのめすような作品が飾られていました。それがこの大胆な歌麿の「寒泉浴図」です。後ろ姿の全裸の女性が尻を迫出し、今にも桶に浸かって入浴しようとする様が描かれていますが、言葉は悪いとは思うもの、これはもはや覗き見趣味の世界にある作品と言えるでしょう。紅色を帯びた肌の感触は艶やかで、つま先で台の上に立ち、また左腕をピンと伸ばして今にも扉を閉めようとする様は、単なるエロティックを通し越した、まさに危な絵の世界が示されています。それにしても歌麿は尻に特別な嗜好でもあったのでしょうか。どこから見ても恰幅の良いその部分に視点が向いてしまいます。

この「寒泉浴図」の出ていた『夕暮の章』、もしくはそれに続く「夜の章」は、館内展示室の照明が全て落とされていました。(ケース内ライトのみ。)これまた心憎い演出です。

13日からは展示替えを挟んで後期が始まります。(出品リスト)また現在、同美術館では、お盆期間限定での夜間開館を実施中です。(13日から16日まで。)期間中20時まで開いているのも嬉しいところですが、入場料も17時以降、通常の200円引きになります。美術館の世界では、意外とありそうでなかったサービスです。

後期も是非見たいと思います。9月15日までの開催です。
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「真夏の夜の夢」 CASHI

CASHI中央区日本橋馬喰町2-5-18
「真夏の夜の夢」
8/1-23



ネーミングのセンスが光ります。CASHIがおすすめする、二名の若手アーティスト、村上友重(1980~)、興梠優護(1982~)による二人展です。ともに東京芸大の助手、もしくは大学院に在籍中の作家の作品が、奇妙な緊張感をたたえながら巧みに響宴しています。CASHIで開催中の「真夏の夜の夢」展へ行ってきました。

コンセプトはシェイクスピアの力を借りた『真夏の白昼夢』ということですが、その意図云々はともかくとしても、両者の写真、もしくはペインティングはなかなか見応えがあります。中でも印象深いのは、油彩のとろけるようなタッチで、モチーフをセクシャルに表現する、興梠(ころぎ)優護の作品です。モチーフは女性のヌードです。冒頭、大きな口を開け、その歯が生々しく覗き見える作品にはぎょっとさせられますが、その他は、肌色や薄いピンクを用いた質感のせいか、流れるようでありながらも、比較的落ち着いた様に見える裸体の女性が登場します。そのマチエールは、キャンバスへ染み渡るように爛れた波紋、とも言えるのではないでしょうか。熱狂的な愛を思わせる光景が登場しながらも、適切ではないかもしれませんが、あたかもソフトクリームが溶けていくかのような緩いタッチにて描かれています。不思議な感触です。

そのようなセクシャルな絵画と対照的なのは、滝や高原の花畑を捉えた村上友重の写真です。滝壺の水といえば、一般的に清涼感を思わせる部分がありますが、彼のそれはどちらかというと熱気に包まれ、また靄に包まれた草地も、どこか夏の暑い朝の、むっと蒸し出す湿り気を体感し得るような趣きに仕上がっていました。ざらっとしたその表面には、写し出された場の夏の湿り気が残っています。

今月23日までの開催です。
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ロダン館@静岡県立美術館

静岡県立美術館の名物と言えば、やはりかの壮麗なロダン館が第一に挙げられるのではないでしょうか。拙い写真で恐縮ですが、館内にて、濃厚なロダンの彫像をいくつか撮ってきました。

  

企画、常設展だけでも、ゆうに県美トップクラスの面積を誇る静岡県美ですが、そのトリを飾るのがこの広大なロダン館です。中央、階下にそびえる「地獄の門」を核に、ロダンの彫像が、右へ左へと、ちょうど扇を広げたかのような展示室にて立ち並んでいます。その数、ロダンだけでも全32体です。



   

ガラス天井からの自然光も眩しい展示空間は、ロダンの饒舌な彫像へ魂を吹き込むのに最適です。各々が喧々諤々、思い思いにその心情を吐露しているように見えました。何やら賑やかです。

  

世界で七例が知られる未完の「地獄の門」の一つが、ここ静岡県美にも展示されています。ちなみにこの「地獄の門」は全て、ロダンの生前に鋳造され得なかった作品なのだそうです。(有名な西美のそれは松方幸次郎の注文。)

  

地下の展示室には、ロダンに関連する作家の彫像がいくつか展示されています。また静岡のロダンと言えば、ロダン館に関連しないともいえない、謎めいた「ロダン体操」も気になるところです。実際、静岡県内にてこの体操がどれほど知られているのかは不明ですが、館内には体操の実演VTRの他、HP上にも「体操のしかた」と題したページが開設されています。ロダンに「しずおか~」と言わせるそのセンスに脱帽です。
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「国宝 鑑真和上展」 静岡県立美術館

静岡県立美術館静岡市駿河区谷田53-2
「唐招提寺金堂平成大修理記念 国宝 鑑真和上展」
7/12-8/31



約10年にも及ぶという金堂の解体修理を兼ね、全国を津々浦々と廻ってきた一連の鑑真展もそろそろ終わりを迎えています。巡回最後の地は静岡です。「鑑真和上展」へ行ってきました。

美術に関心を持つ前の2001年の鑑真展(都美)はおろか、まだ仏像に興味の無かった2005年の展示(唐招提寺展@東博)を見逃していた私にとって、静岡開催の今展観はこの上ない機会であったのかもしれません。(これまでの巡回先一例。)もちろんあしかけ10年にも渡る展示と言うことで、その内容については異なる部分もあるそうですが、お馴染みの「鑑真和上像」をはじめ「四天王像 - 広目天、多聞天」、または黄金の眩い「金亀舎利塔」、さらには鑑真の来日への苦難を伝える「東征伝絵巻」など、この機会だからこそ公開され得るような貴重な寺宝、約140点(国宝9件、重文34件)の響宴はさすがに見応え十分でした。最近の薬師寺展、及び法隆寺金堂展などに見られるような一種の演出こそありませんが、(360度拝見出来る仏様は一体のみ。)鑑真の世界に浸るのに申し分はないでしょう。たっぷり2時間近くかけて楽しんできました。



身の引き締まるような厳格な書体にて唐招提寺と書かれた、孝謙天皇直筆という「勅額」を過ぎると見えてくるのは、横一列に並んだ四体の仏像、つまりは四天王より「広目天」と「多聞天」、及び「梵天立像」と「帝釈天立像」(いずれも奈良時代)です。(講堂所在の「持国天」と「増長天」も別コーナーにて展示。)どれも比較的端正で、あまり動きの少ない仏様ですが、晦渋に満ちた面持ちで前を見据える「多聞天」、そしてどっしりと立つ「広目天」は貫禄十分でした。残念ながらこれらの仏様の後ろには衝立てがあり、後方よりのお姿を拝見することは叶いませんでしたが、横から見るとその重々しい体躯が意外と引き締まっていることが分かります。また「広目天」の頭部、そして四天王二体の袖下の衣のうねるような立体的な表現も力強いものがありました。正面と横からでは、随分と表情の違って見える仏像と言えるかもしれません。



私が挙げたい展示のハイライトは、5度の難破、そして失明と、苦難の12年の末に来日した鑑真の生き様を表した「東征伝絵巻」(鎌倉時代)です。そこには陸より小舟にのり、日本へ向かった鑑真一行の旅が鮮やかな色彩感にて描かれていますが、このように視覚的な形にて、例えば一度海南島まで流された後、当地に教えを伝えたというエピソードの他、弟子を失い、さらには失明しても日本を目指したという様子に接すると、謂れの有名な来日行における鑑真の強靭な意思と行動力を改めてリアルに感じ取ることが出来ます。これは必見です。



そのような「東征伝絵巻」での鑑真の生き様を体感した後にて、かの有名な「鑑真和上像」を拝むと、また格別の重みがあるようにも感じられます。ここはやや照明が暗く、また仏像を安置するガラスケースも若干遠いので、手に取るようにとまではいきませんが、なだらかな肩から膝にかけてのライン、そして一部に残る彩色などをじっくり確認することが出来ました。そしてもちろん素晴らしいのは、迫真のリアリズムにて残されたお顔の表現です。一見すると、その閉じた目から口元にかけて、どこか険しい表情をしているようにも思えますが、しばらく眺めていると慈愛の面持ちをしているようにも感じられます。全てを達観した後の、澄み渡る内面が示されていました。



彫像がかなり多く出ているのもこの展覧会の特徴の一つですが、その中では唯一、周囲よりぐるっと見ることの可能な「如来形立像」が印象的です。この仏像はいわゆる唐招提寺のトルソーとして名高いものだそうですが、その欠落した部分にどこか神秘的な様相を感じさせるのは、例えばミロのヴィーナスやサテュロス像などを挙げるまでもないでしょう。すらりとのびるお体に、流麗な着衣と、まるで天女を見るかのような美感をたたえています。見事です。



その他には、亀の上に舎利がのっている金色の「金亀舎利塔」(唐時代)、または書跡として、光明子が父不比等と母三千代のために発願した経典、「老母六英経」(奈良時代)なども見応えがありました。それに最後に紹介されている、江戸時代の授戒会を再現した一角がなかなか秀逸です。また全て国宝指定を受けている、奈良より江戸時代にかけての瓦なども紹介されています。ご本尊のお出ましこそ叶いませんが、まさに唐招提寺の全貌を詳らかにする展覧会としても過言ではないかもしれません。

静岡県美名物ロダン館はもちろんのこと、出品数こそ少ないものの、壮観な「武蔵野図屏風」(江戸時代)や、かつてこちらのムック本でも紹介された江戸時代の鬼才、原在正の「富士山図巻」(1796)などの並ぶ常設展、「富士山の絵画」も相応に充実しています。(上記作品の展示は10日まで。12日以降展示替え。詳細はこちらのリストまで。)お見逃しなきようおすすめします。

解体修理を終えた唐招提寺のお披露目も待ち遠しくなってきました。展覧会は今月末、31日までの開催です。
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「松田直樹 展」 INAXギャラリー2

INAXギャラリー2中央区京橋3-6-18 INAX:GINZA2階)
「10daysセレクション - 予兆のかたち10 松田直樹」
8/1-12



意外な物質感で来場者を驚かせます。過去にはタバコの吸い殻を用いた作品も手がけたことがあるという、『素材を独特に使う』(画廊HPより)作家、松田直樹の個展へ行ってきました。

画廊HPなどで散々ネタバレしているので今更感はありますが、この展示については、あえて事前に情報を得ないで出かけた方が間違いなく楽しめます。待ち構えているのは、入口からも見える白い陶のようなオブジェのダイニングセット、そして涼し気にかかる白のエプロン、さらには何やら緞帳のようにだらりと吊り下がる白い家のカーテンなど、温もりと清潔感に満ちた白一色の空間です。そして各々、作品に目を近づけると、上述の通り意外な物質で構成されていることに驚かされます。器やカップが、どこか供え物のような神聖さをたたえているのは、やはりこの素材の生み出す独特なイメージによっているのかもしれません。半透明のそれらが合わせ重なり、また重量感を持つことで、新たなるかたちが確固として生み出されています。透き通る照明の光が、肌に優しく感じられるようなインスタレーションでした。

是非、その素材を会場でお確かめ下さい。今月12日まで開催されています。
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「KYOTARO展 - 天界トリップ」 ミヅマアートギャラリー

ミヅマアートギャラリー目黒区上目黒1-3-9 藤屋ビル5階)
「KYOTARO展 - 天界トリップ」
7/9-8/9



ミヅマの最上階が文字通り天馬の駆ける空間へと変化しています。「漫画やアニメーション、広告の分野をはじめ幅広い活動」(画廊HPより引用。)をするという、KYOTAROの個展へ行ってきました。

展示されているのは、ほぼ全てキャンバスと鉛筆によった一連の大作ドローイングですが、馬や狐などをまさに妖気を漂わせるかのように、おどろおどろしく描く様は、一つの完結した空想的な世界観を見る上においてもなかなか圧倒的です。まるで人の髪の毛のようなたてがみを靡かせ、さらには大きな綿のように軽やかな羽を広げる「天馬」の、どことない憂いを帯びた、また艶やかな風情は何と力強いことでしょうか。KYOTAROの作品は、どちらかと言えばドローイングの細やかさを見るよりも、全体の雰囲気を楽しむものかもしれませんが、その点においては、キャンバスよりはみ出て地の白い壁面まで飛び出した煙とも後光ともとれる描写が、何とも言えない迫力をさらに高めています。また、犬の体に透かし彫りをしたような花々の表現も魅力的です。あたかも入れ墨を誇示しているかのようでした。

ちなみにそのキャンバスの外へと飛び出した壁面の描写に関しては、この個展が終了すると一先ず消されてしまうのだそうです。実際のところ、その外側もキャンバス部分と合わせて購入したいという問い合わせも多いそうですが、確かに作品の前に立つと、さもありなんという気がします。

8月9日までの開催です。
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「混沌から躍り出る星たち 2008」 スパイラルガーデン

スパイラルガーデン港区南青山5-6-23
「混沌から躍り出る星たち 2008 - 京都造形大学2007年度卒業制作選抜展」
8/1-9



今年も真夏のスパイラルの恒例企画、京都造形大の卒業制作選抜展が始まっています。「混沌から躍り出る星たち 2008」へ行ってきました。



昨年は30周年のメモリアルということで、大庭大介や宮永愛子らの大物アーティストらの響宴にも見応えがありましたが、今年は通常のスタイル、ようは28組の選抜された学生をメインに、2名の招待作家が参加する展示になっていました。そしてその招待作家からでは、昨年のアートアワード東京にも出品のあった飯塚菜菜の平面が特異です。一見、色鮮やかな花々が広がっているような趣きですが、よく目を凝らすとその一つ一つが菌か襞のような球体をしていて、それらが群がるようにうごめきながら不思議なモチーフを象っていることがわかります。そしてその奥にあるのは、ちょうどこの粒に見え隠れして浮かび上がる動物でした。ポップのようでもどこか不気味さを感じるのは、草間を連想させるドットの渦にも要因があるのかもしれません。色々なイメージが開けてきます。

 

 

選抜生からは、意外な素材でファッショナブルな靴を象る伊賀上可南子、またはパネルに生々しい黒のフェイクファーをつけ、そこへ砂状の七色に輝くグラデーションを生み出した明石雄、またはぽっかりと心に穴のあいたような都会での寂し気な生活を絵画に仕上げた丸澤宏美、さらには表現主義を見るような激しいタッチでポートレートを象る根石美菜などが印象に残りました。それにしてもジャンルは絵画、オブジェ、映像、そしてインスタレーションと実に多種多様です。入口すぐ横にある、小宮太郎の重厚なテーブルクロスの上にてひらすら回転する果物の群れなどは、展示の見せ方においてもこの上ない導入となっているのではないでしょうか。スパイラルの空間ともぴったり合う展覧会です。

会期が昨年より一週間ほど短くなっています。次の土曜日、9日までの開催です。(入場は無料です。)
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「ルオー 大回顧展」 出光美術館

出光美術館千代田区丸の内3-1-1 帝劇ビル9階)
「没後50年 ルオー 大回顧展」
6/14-8/17



没後50年に相応しい展覧会です。世界最高規模を誇るという出光のルオーコレクションを総覧します。出光美術館で開催中の「ルオー大回顧展」を見てきました。



ルオーの回顧展と言えば、同じく出光コレクションの出品されたMOTのそれを思い出しますが、今回も彼の画業を時系列に辿りながら、「ミセレーレ」や「受難」シリーズなどの核心をも提示する、質量ともに充実した正統派の展示に仕上がっていました。やや手狭な出光の空間で見るルオーは、どこかいつも以上に濃厚です。私にとってルオーとはいつも向き合うと言うより、少し時間をあけながらも定期的に見ていきたい画家の一人ですが、ちょうどMOTより3年の時をあけての観賞は、また彼への新たなるシンパシーを感じる切っ掛けにもなりました。ステンドグラスというよりも、石細工を見るかのような分厚く、また輝かしいマチエールと、信仰に裏打ちされた慈愛に満ちたキリスト主題、もしくは曲馬師や道化師らをモチーフとした、愉し気なようでもどこか夢見心地の儚さを醸し出している作品群は、何度接してもルオーを見た時だけに得られるような安らぎを感じます。決してルオーは最愛の画家ではありませんが、絵を見て与えられる充足感という点においては、他に並ぶ者の少ない画家であることは間違いありません。



あまりにも個性的なため、全てが一緒にされてしまうようなルオーの画風ですが、こうして年代別に丹念に追うと、またそれぞれの差異にも注視して楽しむことが可能です。例えば比較的初期の「三人のヌード」(1907)におけるセザンヌを思わせるような瑞々しい青みは、中期に入るとさらに輝かしさと力強さを増し、「シエールの思い出」(1930)のような、もっと底抜けに深い青を用いた、色面だけ見れば殆ど抽象のような特異なスタイルへと転化していきます。またこれら『スクレイパー』(絵具を削り取りながら、またその上に塗っていく方法。)と呼ばれる技法は、後に代表作「受難」を描く際、その制作スピードをあげる観点から徐々に放棄され、今度は『オート・パート』と呼ばれる厚塗りへと変化する様も興味深く思えました。ちなみにその「受難」の下絵を油彩に改めることを勧めたのは、ルオーと関係の深いかの有名画商、アンブロワーズ・ヴォラールです。ルオーの多作な、それでいて彼を特徴付けるマチエールが、ヴォラールという画家の外にある要因より形付けられていたと思うと、またその印象も変わってくるのではないでしょうか。

静かに絵と向き合うにはこの上ない展覧会です。今月17日まで開催されています。
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8月の予定と7月の記録 2008

今月は関東近辺、または隣県の展覧会も少し足を伸ばして見に行きたいと思います。恒例の「予定と振り返り」です。

8月の予定

展覧会
「青春のロシア・アヴァンギャルド」 Bunkamura ザ・ミュージアム( - 8/17)
「町田久美 - 日本画の線描」 高崎市タワー美術館( - 8/24)
「第14回 秘蔵の名品 アートコレクション展」 ホテルオークラ東京(8/8 - 30)
「アート・スコープ 2007/2008」 原美術館( - 8/31)
「フェッシュ美術館の至宝 - イタリア美術とナポレオン展」 いわき市立美術館( - 8/31)
「鑑真和上展」 静岡県立美術館( - 8/31)
「NIPPONの夏 - 応挙・歌麿・北斎から『きもの』まで」 三井記念美術館( - 9/15、前期は8/10まで。)
「近代工芸の華 明治の七宝」 泉屋博古館分館( - 9/15)
「ジュリアン・オピー」 水戸芸術館( - 10/5)
「ライオネル・ファイニンガー展」 横須賀美術館( - 10/5)
「生誕100年記念 秋野不矩展」 神奈川県立近代美術館葉山(8/9 - 10/5)
「紙で語る」 大倉集古館( - 10/12)
「フェルメール展 - 光の天才画家とデルフトの巨匠たち」 東京都美術館( - 12/14)


7月の記録

展覧会
「ウィーン美術史美術館 静物画の秘密展」 国立新美術館
「ルオー 大回顧展」 出光美術館
「カルロ・ザウリ展」 東京国立近代美術館
「対決 巨匠たちの日本美術」内覧会) 東京国立博物館
「特集陳列 六波羅蜜寺の仏像」 東京国立博物館
「アンドレ・ボーシャンとグランマ・モーゼス」 損保ジャパン東郷青児美術館
「日本画満開」 山種美術館
「竹内栖鳳と京都画壇」 講談社野間記念館
「フランスが夢見た日本 - 陶器に写した北斎、広重」 東京国立博物館
「大岩オスカール 夢みる世界」 東京都現代美術館

ギャラリー
「町田久美 Snow Day」 西村画廊
「大塚聡 - 時をみる」 ヒロミヨシイ
「阪本トクロウ/ビューティフル・ドリフター」 アートフロントグラフィックス
「桑久保徹 展」 小山登美夫ギャラリー
「村瀬恭子 - Emerald」 タカ・イシイギャラリー
「原良介 - ゆらめき地平面」 Yuka Sasahara Gallery
「高嶺格 - The SUPERCAPACITOR/スーパーキャパシタ」 ARATANIURANO
「The show must go on!」 magical, ARTROOM + 新・ナディッフ
「藤芳あい - flower under flower」 ラディウム
「帆苅祥太郎 - Behind the Sun」 CASHI
「Opening Exhibition 1」 TARO NASU GALLERY

memeさんにならって18きっぷを購入してみました。なにぶん鈍行で長く揺れる経験をしたことが少ないのでやや不安ですが、水戸、いわき、高崎、静岡あたりはそのきっぷでぐるっと見てくるつもりです。ちなみにいわき市立美術館の「イタリア美術とナポレオン展」については関東巡回がありません。ミニ旅行をする良い機会となりそうです。

本日より都美でフェルメール展がはじまりました。ここにきて目玉の「絵画芸術」がドタキャンと、いきなり出鼻を挫かれた感がありますが、早速、初日にご覧になられた方もいらっしゃいます。(あおひーさんのご感想はこちら。)会期が長いので混雑の具合は何とも言えませんが、ともかく都美の大型展と言えば混雑の代名詞のようなものです。なるべく早めに見に行きたいと思います。

夏のアートのイベントと言えば、オークラのアートコレクションではないでしょうか。チャリティ云々は今ひとつ意図が伝わりませんが、コレクションのチケットで泉屋博古館、もしくは大倉の展示もフリーで入場可能という、なかなかお得な展覧会です。私としてはその内容云々以前に、この展覧会へ行くと何故かちょっとしたアクシデントに巻き込まれてしまうのですが(私の中では『鬼門』の展覧会です。)、思わぬ珠玉の作品に出会えることは間違いありません。見逃さないようにしたいです。

先月は対決展が断トツ、次点でボーシャンとモーゼス、またはオスカールと行ったところではないでしょうか。ちなみに対決は既にいくつかの作品が入れ替わっています。そろそろ再度の観賞といきたいところです。

先日も拙記事にて触れたバイロイトの生ネット中継ですが、バルトークラジオのオンデマンドでようやくパルジファルとマイスタージンガーを聴き終えました。苦手のティーレマンもこのリングはなかなか評判が良さそうなので、期待して楽しみたいです。

それでは今月も宜しくお願いします。
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「カルロ・ザウリ展」 東京国立近代美術館

東京国立近代美術館千代田区北の丸公園3-1
「イタリア現代陶芸の巨匠 - カルロ・ザウリ展」
6/17-8/3



恥ずかしながら、本展覧会にて初めてザウリの名を知りました。イタリアの現代陶芸の巨匠(パンフレットより。)、カルロ・ザウリ(1926-2002)の業績を振り返ります。没後初の回顧展です。

 

展示は基本的にザウリの作陶を時系列に見ていくものでしたが、まず印象深いのは彼の生地でもあり、また制作の原点ともなったファエンツァとの関係です。ザウリは実際、いわゆる『ザウリの白』を纏った、例えばちらし表紙に見るような独創的な陶を生み出して名を馳せましたが、制作初期の頃に手がけていたのは、かの地の名産でもあるマジョリカ焼でした。例えば江戸絵画におけるシャープな鳥のような造形をした口の長い「壷」(1952)や、また緑色の鮮やかな釉薬も眩しい、独特の太線による斑紋も印象的なそれらは、確かに関係が云々されるプリミティブ的な要素を感じる作品と言えるかもしれません。とりわけ、古代の神器を連想させるような「陶彫」(1952)には見入るものがありました。またこの幾何学的でありながら、どこか無骨な様相をとっている点は、後のザウリの作品へと繋がっていく面が多分にありそうです。彼の代表作におけるかの『ゆがみ』は、受け継がれたマジョリカの記憶がそのまま別の形をとって表されているのかもしれません。

 

彼だけしか会得しなかったという白を手にしたザウリは、徐々に形に遊びのある、歪んだ陶の世界へとまっしぐらに進んでいきます。とは言え、ザウリの作陶を、『白』や『うねり』などという特徴だけで説明するのはいささか危険です。マジョリカを経た頃の彼は、たとえて言えば茶の釜のような端正な壺なども手がけ、白以外にも薄いブルーやグリーンの釉薬を用いた作品をいくつも作っていました。一般的にザウリが『ゆがみ』と『うねり』、それに『破れ』の境地へと入るのは、1970年代になってからのことです。率直に申し上げて、それらの一連の作品を、「海の波や砂丘、あるいは女性の身体を連想させるような柔らかな表現」(公式HPより。)ととるのは相当に無理(特に後者。)があるように思えますが、形よりも『ゆがみ』が優先される、言い換えれば形態の維持を破壊するかのように動く、半ばそれ自身が生き物であるような運動へと転化していました。あたかも形であることすら放棄しているかのようです。

私の感性とザウリのそれをあわせるのは叶いませんでしたが、作陶に生きた一人の芸術家の足取りを見るには十分な内容でした。静まり返った近美の空間との相性も悪くありません。

次の日曜、3日までの開催です。
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