『はつかいち』 ぶらり

安芸の宮島の地・・・廿日市を見たまま紹介―独自の好奇心アンテナを張り巡らせて、ビビッと反応したものを紹介します。

長野川に架かる長橋橋

2016年02月29日 | 「廿日市地区」ぶらり


原地区を流れる長野川に架かる長橋橋(ながはしばし)で長くもない橋になぜ長橋なのだろうかと思ったが橋名はこの付近の小字長橋から付けられたようである。
しかし、江戸期の地誌にはみられない地名であり明治期に小字長橋が作られたようである。この地域を流れている川は長野川のみで山県往還道に長さ2間半(約4.5m)幅5尺(約1.5m)の土橋がみられ通称となっていた長橋が地名になったのであろうか。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

可愛川水防テレメータシステム

2016年02月28日 | 「廿日市地区」ぶらり


JA佐伯中央農協平良支店前の可愛川に設置されている河川氾濫の水位観測表示板で以前紹介した当時は表示板を見て洪水注意、避難判断、氾濫危険水位など判断するものと思っていた。
先日、河川内の枯草の刈取りが行われており良く見ると表示板付近からパイプが配管されており可愛川公園内に平良水位局の建物があった。県の水防テレメータシステムのようで水位データをリアルタイムで収集し災害による被害の軽減を図るために設置されているようである。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

木地屋の足跡を追って

2016年02月27日 | その他


去る1月16日から27日まで中国新聞文化欄の緑地帯に図らずも愚稿「木地屋の足跡を追って」を8回にわたり掲載して頂いた。
長年にわたって西中国山地の山中や寺院など木地屋の足跡はないかと訪ね歩きこれらの成果を平成23年(2011)に「西中国山地の木地屋-木地屋の足跡探訪を中心にして-」(廿日市の文化第24集所収)として纏めた。今回のエッセイはこの稿を要約したものであり興味のある方は本稿を参照して頂ければ幸いです。(画像の字は小さいので左側のブックマークからPDF画像をご覧ください)

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

流れ薬師(道挟薬師)

2016年02月26日 | 「廿日市地区」ぶらり


下平良地区の可愛川に架かる七尾橋袂の墓地脇に流れ薬師(道挟薬師)が祀られている。以前は道路向かいにあったが道路拡張に伴って現在地に移設されたようである。
江戸期の地誌絵図によるとこの付近には小さな山があって流れヤクシがみられ、大正期に記された地誌によると明治2年(1869)に小山を開墾して田地にされたようである。また同地誌に時代不明の大洪水で川末から薬師如来が流されて下平良に至りこれを流薬師と称すとあるが、現在では隣接して大きな楠があるので楠の根元に引っかかっていた薬師さんを祀ったとされている。
絵図に流れヤクシとあるので古くから何らかの伝説があったのであろう。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

酷評された猪防止ネット

2016年02月25日 | その他


先日、猿や猪の出没で深刻な被害を及ぼしている上平良地区で特定地域を重点的に被害対策に取り組むための鳥獣被害対策指導者による説明会が行われた。
説明会場に隣接した田んぼに当ブログ主が猪防止ネットを設置しておりそのまま残していた。現場に出ての説明会で良くない例で教科書に載せてもよいような猪防止ネットであると酷評された。
しかしネット設置後は猪の侵入も無く一応効果はあったのではないかと思っているのだが・・・ 「コラーいのしし禁止‼」と表示しようか。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

おけ屋が!

2016年02月24日 | 旅行


昨日紹介した中辺路町近露の集落を過ぎて中辺路町野中の池ノ川橋袂に珍しいおけ屋の看板があったので途中停車しておけ屋をされている民家を勝手に撮影させてもらった。

他のウェブサイトによるとおひつ、すし桶、漬物桶、風呂桶などを制作されているようである。画像にみられるように箍(たが)は金属製でなく竹製のもので作られているようである。
昔、自分さえ良ければえぇと言う人を「肥担桶」じゃと言っていた。吾(輪=箍-たが)さえ良ければ、桶でも樽でも良いのに肥担桶とは・・・

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

熊野古道近露・見松寺

2016年02月23日 | 旅行


熊野三社巡りで熊野本宮大社に向かう途中、田辺市中辺路町近露のかつて木地屋の菩提寺であった見松寺を訪れてみた。
江戸中期ころ西中国山地の疋見村、芸州で挽造活動をしていた木地屋が紀州熊野地方に移住して、この寺を菩提寺とし月牌を安置していたようである。疋見村生縁の木地屋は裕福な生活をしていたものとみられ寺の本尊再興の施主となっている。
  
(参照:西中国山地の木地屋-木地屋の足跡探訪を中心にして-)

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

潮岬特設見張所跡

2016年02月22日 | 近代戦争遺跡


明治期に設置された潮岬望楼の地には太平洋戦争時に特設見張所が設置されている。潮岬特設見張所絵図によると昨日紹介した望楼建物は見張台として使用されている。
望楼の芝内に画像のような基礎が残されており、特設見張所には電波警戒機が3ケ所と機銃陣地が3ケ所設置されていたので電波警戒機アンテナ基礎か機銃基礎のようである。
 
(潮岬特設見張所絵図-アジア歴史資料センター)

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

潮岬海軍望楼跡

2016年02月21日 | 近代戦争遺跡


本州最南端の碑がある潮岬望楼の芝脇にある旭の森の中に日清戦争開戦に備えて設置された海軍望楼跡が残っている。明治27年(1894)全国海岸の要所に海岸望楼を設置して陸上と艦船との信号及び海上見張り、気象観測などをしたようで、この望楼は明治33年(1900)に海軍望楼と改称されており呉鎮守府の所管であった。
望楼位置図(上絵図)の中央付近に望楼がみられ片側が半円状になっており上画像が半円側の遺構である。望楼姿図(下絵図)の高台にある望楼の裏壁面が下画像のように残存している。
   (潮岬望楼絵図-アジア歴史資料センター)

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

潮岬灯台・樫野崎灯台

2016年02月20日 | 旅行



本州最南端の潮岬にある潮岬灯台(上画像)と隣接した紀伊大島にある樫野崎灯台旧吏員退息所(下画像)を探訪した。潮岬灯台旧吏員退息所と樫野崎灯台は内部非公開であった。
潮岬・樫野崎灯台及び旧吏員退息所はイギリス人の設計で明治3年(1870)に築造されており、樫野崎石造り灯台は日本最古で、潮岬灯台は当初木造で石造り灯台は明治11年(1878)に築造されたようである。

    
阿多田島灯台資料館(旧白石挂灯立標吏員退息所)

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

熊野速玉大社・下平良新宮神社

2016年02月19日 | 旅行


先日紹介した新宮市神倉山の神倉神社巨岩は古代人の自然崇拝の磐座とみられ、後に現在地に社殿を造立して神座を奉遷したので旧社地の神倉山に対して新宮と称し、熊野新宮といわれるようになったようである。
神仏習合の影響で熊野権現とも称され著名となって各地に分祀して新宮神社が祀られたようで、下平良新宮神社蔵の懸仏裏面には永禄元年(1558)新宮本地仏とあり、戦国時代に熊野新宮が勧請され祀られたもののようである。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

熊野三山巡り

2016年02月18日 | 旅行


先日訪れていた熊野巡りの途中ホテルからタブレット送信していたが2泊目のホテルからの送信がうまく出来なかった。平成23年に訪れる予定で宿泊予約もしていたが台風被害で急遽行かれなくなっていた、ようやく今回念願がかなった。
熊野本宮大社、熊野速玉大社、熊野那智大社などと先日紹介した神倉神社を参詣し、那智山では熊野古道大門坂を登って熊野詣の気分を・・・

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

熊野三山  神倉神社

2016年02月15日 | 旅行

本日は熊野三山巡りで熊野本宮、熊野速玉、神倉神社に参詣しました。神倉神社は熊野権現が降臨したと言われる巨石、自然信仰の地として神聖な場所であったようである。

ホテルから慣れぬタブレットから送信しています。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

遊びの菜園-桜島大根の今

2016年02月14日 | その他


時折り紹介している廿日市11代目桜島大根が大きく育っているが、食べるでもなく育ちを見るだけで手間暇をかけておりまさに遊びの菜園である。
隣りには松本市東北部が特産の切葉松本地大根が育っており、花が咲いて隣り合わせでどのように交配していくものであろうか興味が湧いてくる。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

巨大なLPGタンカーが!

2016年02月13日 | 「廿日市地区」ぶらり


先日紹介した巨大なLPGタンカー「DWIPUTRA」が昨日午後広島ガス廿日市工場に接岸した。
インドネシアのボンタン港LNGプラントで積み込みして3日に出港し、9日に大分港大分エルエヌジーに寄港している。10日に出港してなぜか宮崎県日南市沖まで航行しUターンして広島港に向かっている。
11時過ぎに出港して11時30分現在厳島海峡を航行している。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする