『はつかいち』 ぶらり

安芸の宮島の地・・・廿日市を見たまま紹介―独自の好奇心アンテナを張り巡らせて、ビビッと反応したものを紹介します。

西駒ケ林から絵馬岩遠望

2010年04月30日 | 「宮島地区」ぶらり


標高約490mの西駒ケ林から超巨岩の山、駒ケ林の西側の大絶壁を見ることができる。
この絶壁の中央付近に‘肥馬の後方を顧みつつ千尋の谷底に降下する姿が見える’とされ絵馬岩といわれていたようである。
駒ケ林は江戸期の地誌には龍が馬場と記されており、明治期の案内書には絵馬ケ岳と記されている。

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陽光台法面の芝桜

2010年04月29日 | 「廿日市地区」ぶらり


平良地区の陽光台団地内で平良小学校校庭の下側法面の一部に芝桜が植えられて現在きれいに咲いている。
斜面はピンク色、桜色、白色のモザイク模様に染まっており、ここまでに至るまで4年位かかったそうで、数年経ったらモザイク模様のジュウタン状に彩るであろう。

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大元公園の今昔

2010年04月28日 | 「宮島地区」ぶらり


大元公園の海岸部を昭和初期に写されたとみられる絵ハガキと現在を比べてみると、現在工事が行われている水族館の地が埋め立てられていることがわかるのである。
左側手前の元宮島旅館は1棟が草葺き屋根から瓦葺になっており、道路部分は当時とほぼ同じようである。向こう側には現在の「みやじま杜の宿」がある地にあった宮島ホテルの4階楼がみられる。
昭和20年(1945)の枕崎台風による土石流で厳島神社は壊滅的な被害を受け、同22年(1947)にその土砂によって大元浦を埋め立てたようである。

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高安ケ原の陶晴賢敗死之所碑

2010年04月27日 | 「宮島地区」ぶらり


青海苔谷中流域の高安ケ原にある陶晴賢敗死之所碑で、毛利氏の研究者である瀬川秀雄文学博士の主唱によって大正10年(1921)に建立されている。
瀬川秀雄の著書である吉川元春には陶晴賢の自刃の場所が高安ケ原であるとの主唱根拠の論文が記されている。
しかし、厳島合戦当時の厳島神社棚守であった房顕の覚書には陶晴賢の自刃の場所は大江とあり、史料的信用度の高いものであるので大江浦を自刃の地としてみるほうが信憑性があるのでは・・・

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西駒ケ林より弥山・駒ケ林遠望

2010年04月26日 | 「宮島地区」ぶらり


標高約490mの西駒ケ林から東方面を遠望すると右側に標高535mの弥山がみられ、左側に超巨岩の山標高509mの駒ケ林がみられる。弥山山頂にはかすかに展望台を確認することができる。
駒ケ林は中世の厳島合戦で毛利勢と陶勢との合戦場跡で、江戸期の地誌には龍が馬場と記されており、明治期の案内書には絵馬ケ岳と記されているが現在は駒ケ林と呼称されている。

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白糸の滝

2010年04月25日 | 「宮島地区」ぶらり


弥山登山の大聖院コースは白糸川沿いに設けられており平成17年(2005)9月の台風で起こった土石流によって大きな被害を被った。
巨岩の上を流れ落ちる白糸の滝は落石と滝岩の崩壊でその姿を変えているようであり、すぐ下にあった滝宮は倒壊して宮跡のみが残っている。かつて夏にはこの付近で蛍が乱舞しており滝宮水蛍と言われていたようである。
高倉上皇は治承4年(1180)に厳島御幸の際に白糸の滝を上覧して「雲ゐより 落くる瀧の 白糸に 契をむすふ 事ぞ嬉しき」と詠まれている。

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宮島水族館工事用の仮設桟橋

2010年04月24日 | 「宮島地区」ぶらり


宮島水族館の新築工事現場から土砂を運搬しているのだろうか大型ダンプが出入りしており、水晶山の向こう側に設けられた仮設桟橋の作業船に運んでいるようである。
宮島の島内は大型トラックの走行ができないために水族館の建設資材や大型重機などを搬入するために仮設の桟橋が設けられている。御笠の浜から大鳥居の向こう側に仮設の桟橋が遠望できるのである。

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宮島水族館新築工事の今

2010年04月23日 | 「宮島地区」ぶらり


大元公園にあった宮島水族館は新宮島水族館として平成23年(2011)8月のオープンを目指して現在基礎工事が着々と進んでいるようである。
宮島水族館サイトによると水族館施設は本館棟(東側建物)、海獣棟(中央建物)、観覧プール(西側建物)からなるようで延床面積5,332㎡のようである。

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弥山より駒ケ林・西駒ケ林遠望

2010年04月22日 | 「宮島地区」ぶらり


弥山山頂から西方面を遠望すると標高509mの駒ケ林がみられ、その向う側に標高約490mの西駒ケ林がみられる。駒ケ林は超巨岩の山で山頂には数名の登山者がみられ、西駒ケ林も巨岩が累々とした山である。
駒ケ林は中世の厳島合戦で毛利勢と陶勢との合戦場跡で、江戸期の地誌には龍が馬場と記されているが現在は駒ケ林と呼称されている。西駒ケ林の山名は記されていないが駒ケ林の西側に位置するので仮称西駒ケ林とする。

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厳島神社反橋の擬宝珠

2010年04月21日 | 「宮島地区」ぶらり


厳島神社西回廊の能舞台反対側に実用的ではないような装飾的建造物である弓なりの反橋または太鼓橋がある。
この橋には10ケ所の擬宝珠が設けられており銘文によると多くは可部鋳物師が鋳造しているが、このうち安永5年(1776)に廿日市鋳物師である山田貞利が鋳造したものが1か所みられる。

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「にほんごであそぼ」の収録中

2010年04月20日 | 「宮島地区」ぶらり


17日宮島の町屋通りを通っていたら何やら撮影が行われており、よく見ると孫たちが見ているNHK教育テレビに出演している講談師の神田山陽ではないか。
教育テレビの「にほんごであそぼ」の収録のようで「さげる」と風船に記してあり、買い物をした親子の買い物袋を「提げる」しぐさをしていたのを撮影していた。当ブログ主は「さげてくれーや」などとよく言っているがこれは方言?共通語?
関係者の一人に聞いてみたがいつ放映されるのかは不明のようであった。教育テレビの「にほんごであそぼ」は午前7時25分~7時35分と午後5時5分~5時15分に放映されている番組である。

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かんのんさんの日-極楽寺縁日

2010年04月19日 | 「廿日市地区」ぶらり


昨日は極楽寺の本尊千手観音の縁日法要が催された。かつての「かんのんさん」は春の風物詩であり多くの露店が軒を連ねて大勢の参詣者がみられた。昨日昼ごろには多くの登山者が参詣していたが当時の賑わいは夢のようである。
昔は旧暦2月1日が縁日で朝観音夕薬師といわれており夜半より提灯をとぼして参っていたようであり、この日はひてい正月といって農作業を休んで参詣しており縁日の名物は白あめであった。
その後縁日は3月1日、4月第一日曜日、4月第三日曜日に開催されるようになった。当ブログ主が小中学生の頃は授業が昼までで終わり昼過ぎから極楽寺に登ったものである。

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能舞台で桃花祭御神事神能が

2010年04月18日 | 「宮島地区」ぶらり


昨日厳島神社能舞台で多くの能楽師によって桃花祭御神事神能が開催されており、奉納演目の「翁」が演じられていた。本日も開催されるようである。
能楽ファンにとっては厳島神社拝観料300円で観覧できるのでたまらないのであろうが、素養のない当ブログ主は横目で眺めて通り過ぎたのである。
この能舞台は重要文化財で平成3年(1991)の台風で倒壊したが、復旧工事が行われて平成6年に工事が完了しており、平成11年の台風でも被害を被っている。

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妹背の滝-雄滝

2010年04月17日 | 「大野地区」ぶらり


妹背の滝の雄滝を展望所より少し上方からの遠望で通常見えている滝の上部の部分もみることができる。しかしこの上部には砂防堰堤があるので興ざめである。
この滝には多くの文人墨客が訪れており、数多くの詩歌を詠っている。寛政~文化頃の栗本軒 福井貞国は「めをと滝 そのみなもとは かわれども すえはひとつに やはりおほのぢゃ」 と詠っているようである。

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西広島バイパス廿日市高架橋工事の今

2010年04月16日 | 「廿日市地区」ぶらり


国道2号線の西広島バイパスで平良地区と宮内地区において廿日市高架橋の架橋工事が行われているが、法花山からの遠望によると平良地区の高架橋路盤工事はほぼ終わっているようである。
付帯設備工事と廿日市インターへの接続道路などの架橋工事はまだのようであり開通まではまだ年月がかかりそうである。

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