原国実地区に立てられているNTTの電柱記号に「療養所○○」と表示されている。
国立療養所原病院は平成15年(2003)頃に国立病院機構原病院となり平成17年(2005)に大竹市の広島西医療センターに統合移転しているが、未だ無くなった称号が使用されている。
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岩国市本郷町方面を探訪した途中の釜ケ原地区に崩れかけたかつての国鉄バスの釜ケ原車庫跡が残されていた。
ケラバ(屋根下三角部分の壁)には金属製のつばめマークが今も残されている。前面道路は以前紹介した廿日市(後に広島)から本郷方面に広電バスが通っており、秋掛からここ釜ケ原までは国鉄と競合していた路線であった。
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平成2年(1990)に開校の宮園小学校々舎壁面のタイルが各所で劣化して剥がれており、平成4年(1992)第2回卒業記念制作のタイル壁画「望む」も多くが剥がれている。
タイル壁画「望む」は宮園団地の家並み、山並み、高圧線鉄塔や瀬戸内の島々など校舎から見える風景を表したものとみられる。
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もう半月すると盆であり墓前に供える盆燈籠を製作した。2月ごろに伐って置いた竹の先を6つに割って朝顔型に組んで赤・青・黄・緑・紫・桃色の色紙を張り、角先に飾りを付けたものである。
店に並んでいる燈籠は金紙を使用しているのできらびやかでありこちらのものは見劣りするが、伝統的な手作りであるので御先祖さんも喜んでくれるのでは・・・
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時折国道433号線の改良工事の進捗状況を紹介しているが、西側の水路や擁壁は完了し道路面の形が見えてきた。看板では工期は今月末となっており最後の追い込みであろうか今日も工事が行なわれているようである。
東側の擁壁や開通に向けての工事は何度かに分けて工事がおこなわれるのであろうか。
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先日、岩国市本郷町の町並みを歩いていると町屋の土間に懐かしいダイガラが置かれていた。
当ブログ主が子供の頃ダイガラで餅つきをしていたが、精米所が近所にあったのでダイガラで精米をしていたのは記憶がない。今日も元気で徘徊。。。。~~~
榎の浦沖貯木場跡の埋立て状況について何度か紹介してきたが、現在ゆめタウンの巨大な建屋の鉄骨骨組みが組立てられている。看板には来年の春にオープン予定と表示されている。
当ブログ主が子供の頃は榎の浦沖のこの辺りは遠浅で海水浴や貝堀りをした親水海岸であったが時代が変わると・・・
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所要で松江市に行き出雲大社のお膝元に厳島神社があることが分かったので寄り道して探訪した。出雲大社から4km位であろうか出雲市八島町の広い田園地域に鎮座している。
文献では少し離れた乙見神社より万治3年(1660)に現在地に移すとあるのみで、なぜ出雲大社のお膝元に勧請されたのかは明らかでない。
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宮島港桟橋正面の要害山トンネルを抜けて町屋通りに向うとすぐにある曹洞宗の存光寺で洞雲寺の門葉寺院である。
江戸初期に洞雲寺15世骨岫玄的の法嗣である禅園黙斯が実質開山したものとみられ、師の骨岫玄的を存光寺開山として自らは2世となっている。
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厳島神社の反橋の解体修理が行なわれており橋脚部の解体修理は終わっているようで、現在床板の張替えが行なわれていた。
この反橋は国の重要文化財に指定されているようである。反橋は雨曝しで腐朽も激しいと思われ新材で後補されているようで、段々とオリジナル部材が少なくなっていくのではなかろうか。
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宮島水族館を過ぎみやじま杜の宿の向う側にある大元神社で拝殿には島廻り祈願成就の絵馬が多数掲額されている。
大元神社は地主神として崇敬があったようで、西中国山地を越えた石見地方にはかつて大元神社が分祀され数多く祀られていたようであり、どのような経緯で祀られたのかは定かでない
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宮島水族館前にある旧大元旅館の建物で現在は廃屋となっている。古い絵葉書をみると草葺き屋根であったが何時の時代かに瓦葺きとされている。
終戦後には英連邦日本占領軍(BCOF)のBCOF SCHOOLの施設として現「みやじま杜の宿」の地にあった宮島ホテルが接収されていたが、大元旅館も接収されて部分的に洋風に改修されていたのである。
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厳島港(宮島口)のJR浮桟橋の上屋は厳島神社の社殿を模したもので何時頃に設置されたのかは定かではない。
厳島港整備計画の表示看板をみるとこの社殿風浮桟橋は撤去されるようになっており、2期工事が始まると無くなってしまうようなので見納めを。
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宮島のある施設に懐かしいレトロなスクーターが置かれていた。三菱・シンバーピジョンで銘板から昭和34年(1959)に発売されたC110とみられる。
キックスターターレバーがないので動かないものとみられるが、施設には似付かないようなものがなぜ置かれているのだろうか。
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宮島への玄関口である厳島港(宮島口)の整備事業について時折紹介しているが、現在1工区の埋立て工事は完了しているようである。
看板表示によると1工区の路面整備とJRの桟橋移設、反対側に広電の桟橋が移設されてから中央部の2工区の埋立て工事が行なわれるようである。
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