近江八幡の町並みを散策していると本うだつを設けた町屋が数軒みられた。ここの町並みの本うだつは屋根上への突出が少ないのと平瓦を葺いているのが特徴的である。
この地は瓦の生産地であり平瓦は本ウダツを始め庇や塀の屋根にも使用されているようである。
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三井寺境内にある西国十四番札所観音堂から少し上がった高台にある大津そろばん碑で、ここ大津がそろばんの発祥地とされているようである。
江戸期の廿日市でも廿日市十露盤が作られていたようで算盤細工巧者孫六の名がみられのを始め算盤屋号の名を数名みることができる。下画像は小倉一道作の廿日市十露盤である。
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当ブログ休止中に近江路を旅行しておりネタ切れを補うために紹介します。伝説でよく知られている三井寺の摺り傷痕が残る弁慶引き摺り鐘を拝観した。
この伝説を題材にした絵馬が厳島神社に奉納されている弁慶引き摺り鐘の絵馬で現在千畳閣に掲額されている。
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時折国道433号線の改良工事の進捗状況を紹介しているが現在平良地区内の工事が行なわれている。
看板表示の工期は11月19日となっており、道路面の東側擁壁や既存市道の移動に伴う工事が行なわれているようである。
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秋の風物詩であるハゼ干しをしている農家は最近少なくなった。画像は上平良地区で見られたハゼの組み方である。
二股のハゼ杭と一本ハゼ杭の組合せで、長手方向に抗するために所々の二股ハゼ杭を若干傾けて片側の長手方向に向けて支えハゼ杭を縛りつけてある。
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先日、通りがかりに永原新宮神社の秋祭りが行なわれていたので立ち寄ってみた。社殿で氏子の人達や子供会の人達が参列して神事が行なわれた後に子供神輿が内を巡行して行った。
交通事情で軽トラックに神輿を載せてカセットテープのお囃子を流し太鼓を打って走って行った。子供達の行列は広場がある要所々まで行ってそこで神輿を担いで練り廻るそうである。
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三次市の西城川と馬洗川の合流地点で十日市町側の土手下にある厳島神社であるが由緒などについては定かでない。
江戸期の地誌には何れも弁才天社と記されているので明治以降に厳島神社とされたものであろうか。河川に沿った場所に祀られているので水運に関係する人達によって祀られたものとみられる。
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赤名地区にある赤穴八幡神社々殿裏手の境内社大元神社で両脇には大元杉といわれる巨木がある。
明治19年(1886)頃、旧石見国内(赤名地区は出雲国)には大元神社が560余社みられ安芸国厳島神社・大元神社を勧請したと記されているものもあり、森神として多く祀られていたがどのように大元信仰がされていたのかは定かではない。
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赤名地区にある赤穴八幡神社々叢の中に珍しい異種樹木の連理木があった。杉の幹を銀杏の枝が2ケ所突き貫けているものである。
看板表示によると突き貫けた枝の銀杏の実は他の枝よりも大きく育つようで杉の樹木からも養分補給があるのだろうか。
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国道54号線から赤名の古い町並みを通ると昭和9年(1934)に建築されたという省営バス(後の国鉄バス)の赤名駅々舎が残されている。
駅舎の建物は鉄道に使用されて耐用年数が過ぎた古レールを再利用したもので、1902年(明治35年)12月ドイツのクルップ社が製造したレールなどみられる。JR廿日市駅跨線橋やブラットホーム上屋にもこのような古レール使用がみられるが新駅舎建築に伴って撤去されるだろう。
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大しめなわ創作館の帰りに近くにある頓原ラムネ銀泉に入浴した。湧出している源泉を飲むとかすかにラムネのような味がした。
明治14年(1881)にドイツで開かれた万国博覧会にここの炭酸水を壷に入れて運んだそうで、明治16年(1883)に湯治場である塩ケ口温泉が開かれたようである。
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先日、島根県飯南町に開館した大しめなわ創作館を探訪した。当館を運営している注連縄企業組合では出雲大社の大注連縄や各地神社の注連縄を製作されているようである。
館内の製作工房ではコモ巻き注連縄用のコモの編み込みがされていたが、先日紹介した大頭神社の大しめ縄のコモ編みとは異なった制作方法で表側は網目が見えないような編み方であった。
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以前に上平良地区の民家土蔵が取壊されたことを紹介したが、この土蔵にあった蔵飾りは保存されていたようで、最近新築された倉庫に移築復元されていた。
龍に乗る弁財天で富貴を願い火除け祈願をしている像で、この度の復元で化粧直しをして彩色されている。
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昨日は藁の芯材にコモを巻いたものを3本作り、先ず2本を中央で固定して片側半分を大勢の人達で綯っていき続いて反対側を綯う。3本目も同じように中央を固定して片側ずつ綯っていきケバを切り取って完成した。
完成した大注連縄を拝殿に吊り下げ両側に稲穂、飾り房や御幣を取り付けて秋祭りに向けての準備が整ったようである。
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大頭神社において総代の人達によって秋祭りに向けての注連縄作りが本日まで行なわれている。
一昨日、昨日は大頭神社拝殿のコモ巻きの大注連縄用のコモ編みや本殿や報国神社の注連縄作りや飾り房作りなどを手分けして作業をされていた。
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