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上画像は津田地区にある教覚寺の鐘楼門で宝永3年(1706)に建立されたようである。草葺き(茅葺き)屋根で棟部分には馬乗り型の棟飾りが取り付けられている。馬乗り型で神社の千木に似た部材は地方によりカラスオドシ・ホテギ・キンマ・ウマノリなどといわれていたようであるが、津田地区でどのように言われていたかは定かでない。
下画像の鐘楼門もよく似た草葺き屋根の鐘楼門で、1984年に撮影したものであるがどこの寺のものか思い出せないのである。
昨日、「かっぱえびせん」のカルビー工場が建築中であることを紹介した。かっぱに因み・・・ 玖島地区の大峰山登山口付近の吉末川にはエンコウ(河童)伝説があるようである。子供の頃、溜め池で遊びをしているとエンコウが尻の穴に入ると恐らされていたことがある。危険な渕に近づかないようエンコウに引きずり込まされると云われていたのであろう。
津田地区にある教覚寺の鐘楼門で珍しい草葺(茅葺)屋根の鐘楼門である。この鐘楼門は宝永3年(1706)に建立されたようである。
棟飾りで棟の上に馬乗り型にX型に乗っている部材は民家では「カラスオドシ」「ホテギ」「ウマノリ」「ウマキ」等々、その上の横木は「カラスオドリ」「ホテ」「オトシ」「マキワラ」等々と呼ばれていたようである。(中国地方の民家)
左側への脇道が山代街道の名残り道
江戸期、津田の町の中心地であった十王堂市は津和野街道筋で山代街道の分岐点でもあり、御制札所で高札が立てられていた。また、疫病や災害、悪戯者などが村に入らないようにと中心地に祀られた十王堂もあったが近代の県道拡幅のために西福寺脇に移設されている。
寒入りしている一昨日、田んぼの寒起こしをした。今年の田んぼの初仕事をしたので田の神に遭いに行った。当地方では田の神信仰はみられないが他地方から移された田の神が小瀬川沿いにみられる。田の神信仰は鹿児島県や宮崎県地方などでみられる習俗のようである。
田の神があるカフェテラス北山でスパイシーで味わい深いカシミールカレーを・・・