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『江戸の坂・東京の坂』その73。妻恋坂まで戻り、坂下を左に曲がると『三組坂』の中腹に出る。1616年徳川家康死去後に中間、小人、駕籠方の三組の者にこの地の一帯を与えた。1696年に三組の御家人拝領である由来から三組町と地名を改め、その町にある坂からこの名前となった。
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余談だが、この坂の両側には温泉マークと言われたラブホが林立しているが、日中に見てもボロボロのものはあまりなく、立派な建物ばかり。
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妻恋坂からの道を三組坂を越してまっすぐ行くと下り坂となるが、これが『ガイ坂』。ガイとは芥の濁音であり、ごみ捨て場などがある坂道によく付けられる名前である。
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ガイ坂をまっすぐ下り、次の道を左に曲がると階段の坂が現れる。これが『実盛坂』。実盛とは長井斎藤別当実盛のことで武蔵国長井庄を構え、平氏の味方をした。
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源氏の木曽義仲に加賀国篠原の合戦で敗れた。その実盛にゆかりの実盛塚や首洗いの井戸があったという伝説があったため、この名前となったらしい。ただ、実盛の居宅があった訳でも、古戦場跡があるわけでもないのだが。
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この厳しい階段坂を登り、右にそのまま行くと湯島天神に向かう道となるが、手前を右に曲がると『(湯島)中坂』となる。
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この坂道は妻恋坂と天神様の石段の男坂の間に江戸時代作られた坂であり、真ん中の坂からこの名前となった。この辺りは湯島天神の門前町として栄え、待合や置屋などが多く並んでいたとのことである。
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坂を下りて左に曲がるとすぐに東京メトロ千代田線湯島駅に着く。歩いてみると東から西に向かう坂ばかりであるが、急坂も多い場所であった。また、中坂の下には古い家屋もまだ残り、多少の風情を感じることができる。
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