NYタイムズ、有料サイトの突然の中止
1週間前に書き込んだ「今時の若者-Q世代」でNYタイムズのTフリードマン氏の署名入り記事を引用した。その時は気がつかなかったのだが、同氏の記事は2年前「タイムズセレクト」という名前で一部有料化されたはずなのに、今回何の制約も無く読めたことに後から気がついた。
怪訝に思って調べてみると先月19日にタイムズセレクトを中止し、全記事購読無料となったことがわかった。決定は経済的な理由で、有料ネット読者数が伸び悩みこのところ若干減少に向かい始めたところで直ちに中止を決断したという。この決断の早さがいかにも米国の会社らしい。
米国の新聞社は発行部数減とそれに伴う広告の長期減収傾向に悩み、最大の経営課題はいかにしてオンライン収入を増やし新聞購読者数を維持するかであった。NYタイムズの結論は、有料化して限られた高所得者層に対する広告収入を増やすより、全て無料化して全体の広告収入を増やすほうがより儲かるというものであったと論評されている。
知る為に読むか、儲ける為に読むか
NYタイムズのウェブサイトは1日当たり1300万人のアクセスがあり、平均24分滞在する世界最大の新聞系無料サイトである。一方タイムズセレクトの有料購読者数は8月現在22.7万人で昨年比16%も減少、有料化による広告戦略が失敗したと判断したようだ。
最大の有料購読者数を誇っているのはWSJ(ウォールストリートジャーナル)で98.3万人、FT(ファイナンシャルタイムズ)は9.7万人といわれている。この2社は一般紙と異なり経営や投資判断の情報提供の役割を果たすものであり、主要な顧客は購読料を問題にしない。
中止のもう一つの理由は、最近WSJが無料サイトの見出しに2行程度の情報を付加したことにより、インターネット広告の値打ちを決める検索エンジンの露出量を高めたことへの危機感で緊急対応したという見方もある。
これを見てもメディアの主戦場はインターネットであることが明らかだ。端的に言えば両社が発信する情報の性格の差が有料サイトの成否を決めた。知る為に読むNYタイムズと、儲ける為に読むWSJといえる。しかし、WSJの新しいオウナーは無料化した時の総合的なメリットを見直すと噂されている。
理由はともあれ、私にとってタイムズセレクトの$7.95/月、$49.95/年の購読料を惜しんで、この2年間クルーグマン氏やフリードマン氏等著名な言論人の記事を読めなかったので、この変更は嬉しかった。
三大国内新聞提携の背景
一方、今月初めに発表された読売朝日日経3誌の提携は、気持ちは分からないではないが本来のあるべき姿なのか私には疑問に思うところがある。提携の背景に新聞購読者数の長期減少に対する危機感があることは間違いない。このままでは朝日新聞は2010年に本業で赤字転落するという。(週刊ダイヤモンド9/22)
調査によると日本も新聞の購読率は少子化の影響以上に低下している。有料購読者の高齢化がすすんでいる。購読者は40代で8割を切り、20代では4割近くが新聞を読まなくなったという。新聞社の収入は購読料と広告が6対4というが、購読者数は先細り、広告収入は減少傾向というダブルパンチを受けている。(CEN)
発行部数の長期低落は米国と同じ傾向だが、日本の場合は支出の面で特殊な事情がある。日本では戸別配達にトータルコストの45-50%を費やし、再販価格制度がこれを支えている。秋山朝日新聞社長は、「配達網あっての日本の新聞」の維持の重要性を改めて強調している。しかし、全国に張り巡らされた販売店網の維持はどう考えても成り立たない状況になってきた。
肝心の提携内容だが、3社は組合を作り共同サイトで主要記事の読み比べが出来るようにし、販売事業分野での業務提携、災害時などの新聞発行の相互援助体制を発表した。過疎地域などの配達の共同化、災害やシステム障害時に紙面制作や印刷を代行・輸送支援を行うという。2008年3月末までに正式な協定を結ぶ計画だという。
読者のメリットは何?
この提携には購読者にとってメリットを感じない。共同サイトで記事の読み比べが出来るのは悪くないが、発表によれば組合は夫々出身元の新聞拡販以上の優先順位を持たない、同床異夢の組織になる可能性が高い。要となる商品(記事)の目的と手段が一致してないのである。
読み比べを売りにするならBBCのように、自社の特徴・主張を前面に出した上で極力多くの関連記事をアクセスする手段を与えるべきだ。もしくは米国にあるような各社の論説の比較評価を徹底的にやるのもいいが、それは独立した編集組織でしか実行出来ず、今回そのような構想はない。
仮に将来編集にまで提携が進むとすれば、朝日と日経、もしくは読売と日経なら相互補完関係になる可能性もある。しかし、朝日と読売が共同経営するサイトの出現は荒唐無稽で現実的ではない。仮に実現しても併せて日本の3割近い発行部数の巨大ポピュリズム集団になる恐れがある。
提携は突き詰めると収入が頭打ちで将来に展望を持てなくなった大手新聞社の販売店対策による経費削減が最大の眼目であり、共同サイトその他は販売店の反発を緩和する隠れ蓑と実験を兼ねた後付の意味合いが強いように感じる。
いつかきた道?
今回も誤解を恐れず大胆に決め付けると、販売店の整理統合という構造改革を断行する為の大連合をカムフラージュするのが今回の提携話の肝である。私はメディアといえどもビジネスであり存続の為には経済原則には逆らえないから、提携を非難すべきとは思わない。
だが、新聞社と販売店との前近代的な悪しき慣行は以前から指摘されてきたことであり、そう簡単に一掃されるかどうか疑問だ。機能的な面から見れば新聞配達を民営化した郵便とか宅配会社と一括契約するのが最も効率が良いはずだ。しかし、顧客リストを抑えている販売店が反発すると事態は複雑になる。
かつて松下電器は町の電気店を整理する流通・販売改革が中々決断出来ず、苦労して血を流しながら改革に追い込まれた。デル・コンピューター社が通販で当時最強のビジネスモデルといわれたパソコン販売で急成長している時、他社が販売店との関係の見直しに手間取っている間に勝負が付いた。
いずれも販売店との関係がかつて強みだったが、それが弱点となって足を引っ張った。特に日本ではそれが長い間の濃密な人間関係にまで発展し、組織の権力維持機構と結びついて内部から変革の足を引っ張る。新聞の場合も直接顧客と相対する販売店が顧客を人質に取られる事態を考えると二の足を踏むことになるだろう。
日米新聞社のアプローチの差は、米国が本腰をすえてインターネットで儲かる仕組みを構築しようとしてるいのに対し、日本はあくまで新聞の戸別配達維持の手段としてインターネットの活用を考えていることにある。つまり従来ビジネスモデルの補強としか考えていない。どちらの筋がいいかは自明だ。試行錯誤はあっても、結果は見えていると私は思う。
余談だが、来春を前後に販売店に関連してトラブルが起こったとしても新聞報道には出てこない、その成り行きは非新聞系の週刊誌を情報源と見たほうが全体像が掴めることになるだろう。電車に乗った時は中吊り広告に注目しよう。■