この題名で記事を投稿したのが1年半前の昨年3月だった。田舎の一人暮らしの老人(私)が料理作りにうんざりしている、どうやって手を抜くか、なんだかんだと余り楽しい内容ではなかった。読み返してみると、当時の心境は生きる為に嫌々料理を作るが、さりとてお金を惜しんで外で美味しいものを食べるにはケチすぎる、そんな感じだ。この基本は今も一切変わらず寧ろ進化した。
進化と言ったのは、美味しくなったという意味ではない。実際、不味くなったかもしれない。この数年の病気のせいでネットやテレビの情報を目にして、食べてもいい食材の種類が凄く減ったのが一因だ。痛風、腰痛(椎間関節嚢腫)、前立腺肥大とガン疑惑。食材が限られた上に高血圧で医者に減塩を命じられどの料理も味が薄くなった。良く言えば素材として食材の味を感じ取れる食事になった。普段からこんなものばかり食べていれば、どんな外食でも美味しいに決まっている。
10年位前から米国でコレステロール抑制の為にトランス脂肪酸を制限する動きに意識していたが、最近ネット等で老化を遅らせる為にAGE(終末糖化産物)といって揚げ物・ベーコン・チップス・ホットケーキ・フランクフルト・ステーキ等オコゲを食うなというのも気になる。減塩の一環でラーメンやうどんなどの麺類も殆ど食べなくなった。痛風対策でビールからワインに切り替え、体にいいと思っていた干しシイタケや干し魚も止めたし、もう食べるものが無くなりそうだ。
だが、一方でしっかり栄養を取らないといけない事情がある。近年の病気と怪我がもとで運動不足になり体幹が弱くなり、明らかに基礎代謝量が低下した。来月東京に戻ったら、仲間とバドミントンを楽しめる体力を何とか維持したい。基礎代謝量をあげる為には、ネットで調べると硬めの野菜や脂肪分の少ない蛋白(ササミや白身)を増やし、コーヒーの代わりに緑茶や水をとる、食事前に20回腕立て伏せをやる。これで食事が楽しくなるか?工夫すれば美味しいものが作れるはずだが、やる気が起こらない。
ともあれ味の観点からは「やる気ゼロ料理」の進化形が独居老人の生活として定着した。決してスポイルされたとは言わない。だが、私の舌はすっかり「バカ舌」になった。上記の様に外で食べる食事は何を食べても美味しいのだ。厳密には私以外が作った料理は全て美味しいのだ。ある意味凄く便利な舌になった。そう言うと友人は笑ったが、どう反応していいか分からない半笑いだった気もする。馬鹿にしたのかな。
これをみじめな生活だと思うかどうかはその人次第だと思う。何の為にやっているのか?私的には自分の健康と家族の為だ。都心で家族揃って食事する時は私の2,3か月分の食費と同じ勘定になるのとどう辻褄をつけるか?普段ケチだから問題ない。こんな貧しい食生活でも私は平気だが、家族に無理強いする積りはない。だが、どこかで誰か一人くらいは理解して欲しいと思う気持ちも無くはない。私は異常なのか、それならそれでもいい。■