世の中の常識とはちょっと違うという違和感が心の奥底にありながら、意識の上では気が付かずそのままになっていたことが、ある日誰かに言われてその通りだと納得してしまうことがある。それは10日くらい前、深夜放送である女流作家の言葉を聞いた時そういう気持ちになった。
朝3時か4時頃のNHKのインタビュー番組だった。目が覚めて何気なくラジオをつけ偶然その番組を聞いた。彼女が誰だったか覚えてないが、彼女がバブル時代に米国に留学し帰国した時の日本の印象を語っているところった。
「失われた10年とか20年」という言葉があるが、彼女にとっては「失われた」という言葉はバブル時代の日本だと言った。日本人が祖先から綿々と伝えて来た美徳が無くなった、質素で堅実な生活を良しとする精神だ。今や死語みたいだが、金儲けを一段下にみるような、質実剛健とでもいうべき精神だ。
会社も個人もまっとうに働くより濡れ手に粟の財テクに湧く当時の風潮に、全く縁のないサラリーマンとして地道に働く私達は世の中狂っていると思っていた。世の中全体が札束で頬を打たれたように拝金主義になった。心で軽蔑しながら知らず知らずに、私も世の中の流れに染まっていった気がする。
都内から通勤してくる新入社員の自宅の敷地の広さを聞いて数億円になると勝手に計算して驚いたりした。テレビは不動産や株のにわか成金を取り上げ、ジュリアナの狂乱を連日報じた。その翌年に新入社員歓迎会で金ラメの丈の短いワンピースの女子社員を見てぶっ飛んだ。そういう違和感を抱えながら、我々は半分諦め半分迎合して声を上げることもなく仕事をした。
それから25年後に、当時若い娘だったはずの女性からガツンと指摘された気分だ。その通りだと思いながら再び寝込んで、次に目が醒めたら7時過ぎだった。ほんの一瞬目が覚めている間に聞いた言葉だが、その後ずっと頭に残っている。こんなことは普通ない。しかも頭の片隅ではなくど真ん中に残っている。それは私に対する警告だったのだろうか。■