私が早期退職後に生化学指標・運動能力・脳活動の目標値を決め、定期的に測定する定点観測を行いあるべき老後生活をカッコ良くやって行こうとしてきた。しかし、20年後に後期高齢者になり目標の意味が分からなくなってきた。先月交通事故を起こし今や定点観測が必要か疑わしくなった。
ざっくばらんに言うと定点観測なんかやっても年を取って衰えて行く惨めな自分を見るだけだ。交通事故だけじゃない。日頃食事を作る時に同時に色々な作業をやると何処かで良くミスをする。電子レンジから煙を出したと先日投稿したが、大きな失敗じゃないミスもしょっちゅうやってる。
野菜サラダを作りながらインスタントの青汁も作ったりする。同時に二つ以上の事をやろうとして一方をミスる。食事中に飲み物を口からこぼしたり、咳をして食事をこぼす。昔、眼鏡を頭にのっけて眼鏡を捜すジーサンを笑い物にしたが、気が付くと私がやってる。食事中に思いついて2階の書斎に行くと、何のために書斎に来たか忘れて戻り食事を続ける。
こんなに酷いボケを次々と連発することはかつてはなかったと思う。多分、家内を始め家族は気付いているけど面と向かって言うのは遠慮していたのだと思う。私自身は個々のボケは気付いても、今までとは一線を画すボケジーサンと自覚したのは交通事故のお蔭だと思う。
今後の後期高齢者の生活をどう生きて行けばいいのか。岸田首相が提唱する「新しい資本主義」が従来は人の強欲を基本に自由競争して経済成長してきたが、今後は人の能力開発を支援し個人のお金を投資に振り向け豊かになる。私風に纏めると、「配分を重視した資本主義への転換」だと思う。
では、私の高齢者生活はどうあるべきだろうか、それはもう全てに気配りしないで何かに重点をおいた身勝手な生活で良いのじゃないかと考える。モチロン、家族の為にやるべきことをやる、先祖が残してくれたものを家族に引き継ぐ、忘れた訳ではないが限られた自分の時間を有効に使う。
一体何が言いたいのか? と家族に言われそうだ。確かにその通りで、今までも自分の思いのままに生きて来た。だが、冒頭のように自分なりに目標を定めそれを目指して「やり過ぎる」くらいやって来た。なので「目標なんかクソ喰らえ」で良いのかと思うが、もう少し考えてみる。
今日も後から参考になる様な例を残した。最近やり過ぎている自転車の山走りだ。山歩きでは馴染みのコースで、小学校の裏山から岡野ファーム・恋木を経由しその先いける所まで走った。台風14号の強風で山道は葉っぱや枝が路面が見えない程落ちて、細いタイヤのロードバイクで走るのは怖かった。荒れた急坂を登れなくなり引き返した。何だか先々を予告するような終わり方だった。■
ざっくばらんに言うと定点観測なんかやっても年を取って衰えて行く惨めな自分を見るだけだ。交通事故だけじゃない。日頃食事を作る時に同時に色々な作業をやると何処かで良くミスをする。電子レンジから煙を出したと先日投稿したが、大きな失敗じゃないミスもしょっちゅうやってる。
野菜サラダを作りながらインスタントの青汁も作ったりする。同時に二つ以上の事をやろうとして一方をミスる。食事中に飲み物を口からこぼしたり、咳をして食事をこぼす。昔、眼鏡を頭にのっけて眼鏡を捜すジーサンを笑い物にしたが、気が付くと私がやってる。食事中に思いついて2階の書斎に行くと、何のために書斎に来たか忘れて戻り食事を続ける。
こんなに酷いボケを次々と連発することはかつてはなかったと思う。多分、家内を始め家族は気付いているけど面と向かって言うのは遠慮していたのだと思う。私自身は個々のボケは気付いても、今までとは一線を画すボケジーサンと自覚したのは交通事故のお蔭だと思う。
今後の後期高齢者の生活をどう生きて行けばいいのか。岸田首相が提唱する「新しい資本主義」が従来は人の強欲を基本に自由競争して経済成長してきたが、今後は人の能力開発を支援し個人のお金を投資に振り向け豊かになる。私風に纏めると、「配分を重視した資本主義への転換」だと思う。
では、私の高齢者生活はどうあるべきだろうか、それはもう全てに気配りしないで何かに重点をおいた身勝手な生活で良いのじゃないかと考える。モチロン、家族の為にやるべきことをやる、先祖が残してくれたものを家族に引き継ぐ、忘れた訳ではないが限られた自分の時間を有効に使う。
一体何が言いたいのか? と家族に言われそうだ。確かにその通りで、今までも自分の思いのままに生きて来た。だが、冒頭のように自分なりに目標を定めそれを目指して「やり過ぎる」くらいやって来た。なので「目標なんかクソ喰らえ」で良いのかと思うが、もう少し考えてみる。
今日も後から参考になる様な例を残した。最近やり過ぎている自転車の山走りだ。山歩きでは馴染みのコースで、小学校の裏山から岡野ファーム・恋木を経由しその先いける所まで走った。台風14号の強風で山道は葉っぱや枝が路面が見えない程落ちて、細いタイヤのロードバイクで走るのは怖かった。荒れた急坂を登れなくなり引き返した。何だか先々を予告するような終わり方だった。■