前回、幣束祭りを先祖から続いていると載せた。その先祖が画像で、大正二年に「新選世の中児童教訓」を刊した。「よき書名、しかし大して売れもせず」の添え書きは、叔父。祖父は、大正年間に鉄道の機関車の運転技師だった。小生の父も鉄道員で若い頃、祖父が運転している貨物列車の車掌の時もあったと聞いた。後尾の赤色燈が故障をして、停車時間にも治らず、停車駅を定時で発車して、車掌が修理して取り付ける少しの時間をゆっくりと走行をして、完了の合図を機関手にして、急ぎ走行した話を聴いた。祖父は、昭和20年六月に没した。表題の「烏鳥私情」は、「親に孝養を尽くしたいという自分の気持ちを謙遜していう語」と、読んだ。「烏鳥」は、「からす」で、「烏は成長したのちに、親鳥に口移しで、えさを与えるという孝行心のあつい鳥とされる」と、読んだ。ことわざに、「親苦、子楽、孫乞食」とある。せめても、心して幣束祭りは続ける。突然ですが「湯気で蒸されて食べられる状態とかけて、物思いに○○〇ととく。そのこころは」。「ととのいました。どちらもーふけるー蒸けるー耽るーです」。今日は「和食の日」とある。弟から電話で、「兄弟四人で、昼食を、お寿司屋でしよう」と誘いがあった。「侈衣美食」ー「贅沢な衣服とおいしい食べ物」ーちょつとおしゃれをしていこうかなぁ。