おはようございます。ヒューマン・ギルドの岩井俊憲です。
「アドラーを読もう」のカテゴリーのH.オーグラー著『アドラー心理学入門』シリーズの第2回目は、この本の「緒言」―いわゆる「はしがき」―についてです。
たった7ページの「緒言」には、(1)16歳の男生徒の自殺未遂、(2)非行少年、少年院から逃走、(3)ある作家に対する判決、の3つのケースを取り上げ、
「我々は、遺伝や環境の単なる所産ではない。どんな能力を携えて子どもが生まれてくるかも重要ではないことはないが、とりわけ重要なのは、子どもが自分自身の創造性に基づいて、自分で何を作るかである」(注:いわゆる「自己決定性」)と考えるアドラーは、
これらに共通することは、人生の諸問題に尻込みしていること、そして、彼らが勇気をくじかれている
とみなし、「個人心理学の旗手」を自認する著者は、
彼らは、誤った人生観を持っている、そして彼らがこの誤りを認めるときだけ、自己変革が可能となる
と断じます。
しかし、勇気と楽観主義に満ち、個人心理学を展開し、人生問題はずべて社会問題であると強調したアドラーは、最初は各方面から激しく攻撃されました。テストもせず長期の分析もせずに個人の特殊性がわかる心理学など浅薄なものに違いないという異議が唱えられたのです。
上のような批判に対して著者は、次のようなたとえを用いてアドラーを擁護します。
音楽のエキスパートが「それはヘンデルだ!」と積極的に主張するのには、(その楽曲を)数小節聴けば十分で、アドラーには、ある人の生活の旋律をいくつかの特殊性から認知することができた
とし、この書物で
アドラー ― 彼の教説は、理論を提示するのみならず、実践の場で理論の正しさを立証している ― の重要性を評価することに務めるだろう
と述べています。
そして、この「緒言」の最後を次の言葉で結びます。
彼(アドラー)の成功の秘密は、他人の目で見、他人の耳で聞き、他人の心で感じたことにある、と言えよう。
この「緒言」を読んだだけでアドラー心理学をそこそこかじった人ならば、著者がいかにアドラーに忠実にこの本を書き始めているかが理解できることでしょう。