IZUNOHANA’s blog

     後期高齢驀進中者の戯言

郷愁のおばさん二人中国紀行(42日目)

2008-08-20 09:33:12 | 旅の足跡

1986年8月20日(水)
-タクラマカン砂漠の旅 第1日目-

(8/20~8/22)
バス代(市内循環) 2角
リンゴ 1元5角
ナン 2角
タンメン他 1元6角
宿泊代(砂漠1日目) 4元
宿泊代(砂漠2日目) 4元
宿泊代(砂漠3日目) 10元
スイカ 5角
ビール他 2元
瓜(キュウリの味がした) 3角
(レート 1元=約42円)

いよいよ砂漠へ・・・勇んで長途バス停へ行く。

乗客は結構多くて、案の定、我先にと乗車口に殺到する。
我等も・・・しっかり勉強済みですから・・・負けずに割り込んだ。
一応、座席は確保。
日本人2名、国際ホモ、ドイツホモ(確認はして無いが、確率は高いと見た)、木枯らしイギリス人(木枯らし紋次郎を彷彿させる)の外国人7名と、ウイグル族、漢族、その他判らない民族も多分いるだろう40名程乗せて、いつものように・・・午前10時発のはずなのに・・・午前11時過ぎに出発となった。
それにしても、このバスは、本当に3泊4日も砂漠を走り続けるバスなの?・・・と首を傾げたくなるほどボロバスで、実際、走り始めて1時間程でパンクはするし、窓は振動で自動的に開いてしまうし・・走行中、砂は容赦なく口や目に入り、じゃりじゃりと不快感がいっぱいだし・・・で、3泊4日の間、私の仕事といえば、この窓が開かないように抑えている事だった。
でも、窓が閉まっていても砂は入ってくるんですが・・・・。
それでも、他民族バスは賑やかに、タクラマカン砂漠を進む。

このバスのエンターティナー達を紹介しましょう。
まずは運ちゃん:ボロバスを動かしている割にはダンディで、黒のワイシャツに細めのスラックス(人民はブカブカのズボンが多かったのに・・)に、胸元からチラリこぼれる紫のランニングという姿は、バスというよりトラック野郎のようで、何と言っても最高に決まっているのは、イスラムブルーの水飲み用ポットを片手にさっそうと現れる事、しば~し見とれます。

Wさんの周りに座った人民達:彼等はとても友好的好奇心の強い方々で、日本人か・・から始まり、年はいくつか、何をしているのか、給料は・・・と矢継ぎ早の質問となる。Wさんは人が変わる度に同じ質問をされ、同じ答えをするそうだ。

乗客その1:私の後の席に座ったウイグルおじさん。
何故か「メシメシテー」と言って私の頭を触るのだ。
「メシメシテー」というのは、私がそう聞こえただけなのだが、Wさんによれば、高倉健主演の「めし」という映画が上映されていたそうな、それで彼は「めし、見たよ」って、友情込めて手が出てるのかなと、一方的に判断する。

乗客その2:私の横に座った漢族のおじさん。
大声(大概、人民の声は大きいけれど、耳元で大声は・・ねぇ)で周りとおしゃべりをし、その上、大のタバコ好き。窓を開けて換気をしたいが、窓は開けられずで、じっと我慢の大五郎状態の私。
静かになったなと思えば、こっくりこっくり舟を漕ぎ始めた。
やれやれと、ほっと気を抜いた私に、今度は全面的に寄りかかってくるんだもの・・・その重い事といったら・・・なんで、おじさんのクッションにならなければいけないのよ・・・まあ、いい男なら許しちゃうけれど、おじさんはねぇ・・・等、勝手な事を思ったりしてたが、重い事と窓に押し付けられた肩の痛いこと。
もう、許しませんおじさんが充分傾き、まさに私の肩に触れんばかりの時、私は体をヒョイとはずす・・・そう、フェイントを掛けたのです。
おじさんはズタッとよろめく、はっと目が覚め元の位置に戻る、そして傾き・・・ズタッ・・・はっ・・・戻る・・・果てしない闘争。
疲れたのは、勿論、私です。

乗客その3:私の前の席にいるウイグル少年。彼は絶えず後ろを向き、はるか遠い席に向かって大声で(殆ど叫び声といってもいいかも・・・)話をし続ける。
お願い静かにして、普通の声でしゃべってよ・・・・。

乗客のショータイムにも一向に関心を寄せないダンディ運ちゃんは、トイレ休憩あり、食事タイムありの6時間程で本日のドライブを終了。
砂漠第一夜は、こざっぱりした旅社に・・・何故かトラックばかりが止まっていたけれど・・・この街は何処なのかさっぱり判らない。


 

 

コメント
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