見もの・読みもの日記

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文楽・摂州合邦辻/国立劇場

2007-02-24 22:26:15 | 行ったもの2(講演・公演)
○国立劇場 2月文楽公演『摂州合邦辻』

http://www.ntj.jac.go.jp/performance/1047.html

 連日の国立劇場。昨日の舞楽に続いて、今日は文楽である。2月は比較的親しみやすい名作が並ぶのだが、プログラムを見て、行くなら『摂州合邦辻』とすぐに決めた。以前に一度見たことがあって、忘れ難い作品だったからだ。

 『摂州合邦辻』は安永2年(1773)初演、菅専助と若竹笛躬作。時代物に分類されるが、雰囲気は世話物っぽい。義理の息子の俊徳丸を恋慕する継母(といっても二十歳そこそこの設定)玉手御前と、その父母の葛藤が主題である。

 昔気質の父・合邦は、邪恋に狂った娘を、自らの手にかける。そのとき初めて、全ては俊徳丸と妾腹の兄の家督争いを避けるため、玉手御前が仕組んだ策略だったことが分かる。毒酒によって盲目・業病を患っていた俊徳丸に、寅の年月日寅の刻に生まれた女の生き血を飲めば本服すると告げ、玉手は自分の生命を捧げて果てる。

 こうして、外道に堕ちた女(ラ・トラビアータだな)と見えた玉手が、実は貞女賢母だったというオチで終わるのだが、それは表面上のこと。初めて見た文楽公演のプログラムに、確か森毅さんでなかったろうか、幼い頃にこの芝居を見て、子供心に「恋に狂う若く美しい母親」がどれだけ強烈な印象だったかを書いておられた。みんな、それが見たいから、この芝居を見るのである。尼にすることで、なんとか娘の命を助けようと思案する両親に向かって、せっかくの黒髪を切るなんてまっぴら、もっと美しく着飾って俊徳丸様の前に出たい、と駄々をこねる玉手の馬鹿っぷり。俊徳丸の許婚(いいなずけ)浅香姫とは、嫉妬のあまり、つかみ合いの大喧嘩をする(カルメンみたいだ)。

 文楽芝居には、強い女性キャラが多い。愛する男のためなら、死も不名誉も恐れず、結果として、封建社会の偽善と矛盾を厳しく問いただしている面がある。しかし、多くは「芯の強さ」として表現されるもので、玉手のような、ほとんど戦闘的な恋愛至上主義は、かなり異色だと思う。実は貞女だったというオチがつくことで、観客の大半は、とりあえずホッとするのだろうけど。その実、心のどこかに「女は怖い」あるいは「恋愛は怖い」というトラウマを留める芝居である。いや、これ誉めているつもりなのだが。

 ただし、文雀さんの遣う玉手御前は、しっとりした悲哀も感じられた(特に登場のシーン)。合邦役の文吾さんは、ご本人もいい具合に老けられて、適役。「合邦庵室の段」の切は、野澤錦糸の三味線と竹本住大夫の語りで、申し分なし。技の応酬に背筋がぞくぞくした。こんなにすごい曲だったっけ? ジャズセッションみたいに、おふたりならではのアドリブが入ってるのかなあ。
コメント
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