○東京国立博物館 特集陳列『下絵-悩める絵師たちの軌跡』
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”悩める絵師たち”と聞いて、それは当然、芸術的な完成を目指す悩みのことだろうと思った。確かに、渡辺崋山の『于公高門図画稿』や『坪内老大人像画稿』には、よりよい作品を目指す、芸術家らしい苦心の跡が窺える。
一方、注文主との関係で悩みぬいた絵師たちもいる。狩野晴川院養信(おさのぶ)は、天保9年に炎上した江戸城障壁画再建の総監督をつとめた。古画の復元に心を砕いた「西の丸・表・大広間」は、描いたり消したり(胡粉で塗りつぶしたり)、悩み尽くした下絵が残っている。「中奥・休息の間」と「大奥・対面所」は、事前の推敲こそ少ないが、施主である将軍の好みで、鳥を別の種類に書き換えたり、花の数を減らしたり、改変を命じられている。ご苦労なことだ。
絵として面白かったのは、谷文晁筆『石山寺縁起』。原本は鎌倉時代の成立だが、失われた巻7、8の補作を、石山寺から依頼された松平定信が、谷文晁に描かせたのだそうだ。開いているのは、荒れ狂う海(?)と、岸辺に集まった人々の図で、文晁が『春日権現絵巻』や『伴大納言絵巻』の人物図を、いかに巧みに借用したかを示しているのだが、それ以上に、波濤の表現が圧巻!!
住吉具慶の『平家物語図屏風下絵』は、線に豊かな表情があって、楽しい。大和絵って、きちんと清書すると、可愛げがなくなるんだよなあ。
ほか、急ぎ足でまわった平常展の注目は、7室の「屏風と襖絵」。応挙の『梅図襖』は、心穏やかに眺めるのに最適。墨の濃淡を巧みに使い分けて、立体的に交差する梅の枝を描き、空間の奥行きを表現している。これと向き合うのが、岸駒(がんく)の『虎に波図屏風』。湧き上がる生命力に震える描線。大自然の呼吸がそのまま虎の姿に結晶したようなカッコよさである。ほれぼれする。「虎の岸駒」とか「岸駒の虎」とか言われて有名だったらしい。