○安春根著、文ヨン[女燕]珠訳『図説韓国の古書:本の歴史』 日本エディタースクール出版部 2006.11
出版されてすぐ、カラー図版の多いことに惹かれて買ってしまい、ときどき眺めて楽しんでいたが、ようやく本文を読み終わった。正直にいうと、文章には、やや癖があって、読むのがしんどい。「わが国(韓国)の文化」「わが国の歴史」「わが国の古書」が、他国に比べてどれだけ素晴らしいかという点に、非常に力が入っているのだ。
日本人の古書談義といえば、天下国家を離れて、粋とか通とか、枯れた雰囲気に接近するのが常だと思う。たぶん中国人や中国学者の場合もそうだろう。だから、本書の強烈な愛国臭には、どうにも違和感が拭えなかった。しかし、繰り返すが、本書は豊富な写真図版が楽しめるので、全くのしろうとが韓国の出版文化を知るには、手頃な入門書だと思う。
私は、漢籍(中国の古書)が好きなので、展示会などの機会があれば、なるべく見に行っている。先日、日本古典籍講習会という研修を受けて、日本の古書についても、少しまとまった知識を仕入れてきた。さて、韓国の古書について読んでみると、この三国の出版文化史は、それぞれに特色があって面白いと思う。
本書で「え?」と目を疑ったのは、「確実な記録の残っている写本の年代は紀元800年代以前に遡れない」という記述。そりゃあ、遅すぎないか?と思った。ネットで調べたら、韓国の国宝『新羅白紙墨書大方広仏華厳経』は755年製作とされているようである(→詳細)。これは本書の所説が古いのか、それとも単純ミスなのか。
上記に続く「わが国の場合、仏教以外の写本で明らかに高麗時代(918-1392)まで遡れるものはない」という記述も、ちょと眉唾な感じがする。だが、早くから(そしていつまでも)写本の手軽さを愛して、なかなか版本や活字に乗り換えなかった日本人と、写本をあまり残さなかった(らしい)活字の国、朝鮮の対比は、非常に面白いと思った。
出版されてすぐ、カラー図版の多いことに惹かれて買ってしまい、ときどき眺めて楽しんでいたが、ようやく本文を読み終わった。正直にいうと、文章には、やや癖があって、読むのがしんどい。「わが国(韓国)の文化」「わが国の歴史」「わが国の古書」が、他国に比べてどれだけ素晴らしいかという点に、非常に力が入っているのだ。
日本人の古書談義といえば、天下国家を離れて、粋とか通とか、枯れた雰囲気に接近するのが常だと思う。たぶん中国人や中国学者の場合もそうだろう。だから、本書の強烈な愛国臭には、どうにも違和感が拭えなかった。しかし、繰り返すが、本書は豊富な写真図版が楽しめるので、全くのしろうとが韓国の出版文化を知るには、手頃な入門書だと思う。
私は、漢籍(中国の古書)が好きなので、展示会などの機会があれば、なるべく見に行っている。先日、日本古典籍講習会という研修を受けて、日本の古書についても、少しまとまった知識を仕入れてきた。さて、韓国の古書について読んでみると、この三国の出版文化史は、それぞれに特色があって面白いと思う。
本書で「え?」と目を疑ったのは、「確実な記録の残っている写本の年代は紀元800年代以前に遡れない」という記述。そりゃあ、遅すぎないか?と思った。ネットで調べたら、韓国の国宝『新羅白紙墨書大方広仏華厳経』は755年製作とされているようである(→詳細)。これは本書の所説が古いのか、それとも単純ミスなのか。
上記に続く「わが国の場合、仏教以外の写本で明らかに高麗時代(918-1392)まで遡れるものはない」という記述も、ちょと眉唾な感じがする。だが、早くから(そしていつまでも)写本の手軽さを愛して、なかなか版本や活字に乗り換えなかった日本人と、写本をあまり残さなかった(らしい)活字の国、朝鮮の対比は、非常に面白いと思った。