見もの・読みもの日記

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帝釈天像のあしのうら/国宝東寺(東京国立博物館)

2019-05-15 23:07:07 | 行ったもの(美術館・見仏)

東京国立博物館 特別展『国宝 東寺 - 空海と仏像曼荼羅』(2019年3月26日~6月2日)

 会期も後半だし、そろそろ空いているかと思っていったのだが甘かった。やっぱり混んでいた。特に入ってすぐの展示ケース前は渋滞していた。観智院伝来の『弘法大師像(剃髪大師)』(鎌倉時代、得度式で用いることからそう呼ぶ)は、摩滅してほとんど姿が見えないのに、大師の両眼だけはっきり分かるのが怖かった。椅子付きの小さな弘法大師坐像は江戸もの。

 『風信帖』の前に人が並ぶのは分かるが、私はむしろ『弘法大師御遺告(ごゆいごう)』を見ることができて嬉しかった。死の間際とはいえ、とても空海とは思えない、たどたどしい筆跡。現在の研究では、空海に仮託して制作されたものとされているが、こういう文字を欲した信仰が、生々しく感じられる資料である。

 反対側の展示ケースには真言七祖像。私が行ったときは龍猛(悪役レスラーみたいに逞しい)と善無畏のみ原品で、あとは大型の高精細写真パネルだった。こういう展示方法だと、七祖が揃った雰囲気が分かっていいと思う。

 続く一角には「御七日御修法」の空間が再現されていて、とても興味深かった。胎蔵界曼荼羅と金剛界曼荼羅を少し離して対面式に掛け、それぞれの前に修法壇を築く。胎蔵界曼荼羅の背後には十二天像を掛け、両曼荼羅の間には五大尊像を掛ける。会場は、できるだけ実際の修法の空間に近いかたちで、原品あるいは複製品を配置していた。大好きな十二天像を、複製混じりでもまとめて見られる眼福。展示ケースが薄くて、ぐっと近づいて細部までに見られたことも嬉しかった。このほか、妙に表情の人間くさい十二天面(7件、平安時代)や舞楽面(鎌倉時代)、白描仏画、文書、曼荼羅各種。珍しいところでは、ほっそりした裸体の武内宿禰坐像(着物を着せるもの、冠は作り付け)、ふくよかな女神坐像、獅子・狛犬は全て平安時代。以上が前半。

 後半は本格的に仏像三昧である。まず、東寺のスター兜跋毘沙門天立像。いつもより高い壇に載っているので、足もとの地天女と二鬼(尼藍婆・毘藍婆)が見やすく、鬼の横顔に見惚れる。いやもちろん毘沙門天もカッコいい。顔が小さく、足が長くてスタイルがよい。次に観智院の五大虚空蔵菩薩坐像(唐時代)。ほかに類例を思いつかない独特の風貌で、見る者を困惑させる。図録の解説によれば、江南地方の特色との類似が指摘されているそうだ。

 いよいよ最後は東寺講堂の仏像曼荼羅で、21躯のうち15躯が出陳されている。4躯(本尊の周囲の4如来)は江戸・天保年間の新造。仏像ファンの間で「美仏」として知られる帝釈天騎象像は、なんと写真撮影OK。

  この帝釈天像は、講堂の左端にいらっしゃるので、いつも向かって左側から拝見するのみだった。今回、会場で右側にまわってみて驚いたのは、足先の色っぽさ。垂らした左足(靴を履いておらず裸足!)の親指がピンと跳ね上がっている。象の頭に載せた右足のあしのうらは、ふっくら柔らかそうだ。仏師は足フェチだったのだろうかと、よからぬことを考えてしまった。

 動の持国天と静の増長天もよい。増長天の左足の下で、みごとな尻をこちらに向けている邪鬼の顔も見ることができた。人を小馬鹿にしたひげ面の笑顔で笑ってしまった。五大明王のうち4躯(中尊・不動明王を除く)も圧倒的によい。五菩薩のうち4躯(中尊・金剛波羅蜜多菩薩座像を除く)は創建当時のものと見られ、古風で、少しずつ異なる風貌が好ましい。次回からよく気を付けて拝観しよう。

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