〇根津美術館 企画展『はじめての古美術鑑賞-絵画のテーマ-』(2019年5月25日~7月7日)
2016年から始まった「はじめての古美術鑑賞」シリーズ。絵画、紙、漆と来て、今年は再び絵画に戻った。ただし2016年の第1回が「絵画の技法と表現」だったのに対して、今年は「絵画のテーマ」である。「絵画のテーマ」って、確かに古美術鑑賞の大事な点だが、展覧会の企画としてはつかみどころがなさすぎないか?と不安を感じながら見に行った。
結局、いくつかのジャンルに分けて、代表例を示すかたちにしたようだ。イントロダクションとして『絵因果経』(鎌倉時代)と紺紙金字経(平安時代)の扉絵を挙げ、「物語絵の世界」「禅林の人物と中国の神仙たち」「中国の故事人物画」「自然絵のまなざし」のセクションを設ける。
たとえば『源氏物語朝顔図』(土佐光起筆)については、庭で大きな雪玉をつくって遊ぶ童女たちを見つめるのは源氏と紫の上の夫婦であることを解説する。そうか、これは朝顔の巻で、源氏の横にいるのは紫の上だったか、というように、ふだんぼんやり眺めている絵画のテーマを把握することができるのはありがたい。まあ『一ノ谷・須磨・明石図』(高嵩谷筆)『那須与一図』(浮田一蕙筆)くらいは一般常識で分かるよね?と思うのだが、若い世代はどうなのだろう。この2点は個人蔵で、特に『那須与一図』は近代日本画みたいな場面の切り取り方がよかった。
展覧会の大部分を占めていたのが、中国の歴史・神話上の人物の解説である。達磨や布袋、羅漢に始まり、梅と鶴を愛した林和靖、蓮を愛した周茂叔、瀑布を見る李白、驢馬に乗る杜甫などの逸話が分かりやすく解説されてた。なんだか中国文化史の基礎講座みたいだったが、展示の作品は中国絵画に限らず、日本の作品のほうが多かった。要するに日本の古美術は、かなりの部分が中国文化圏の中でつくられてきたのだと思う。栃木県立博物館からの出陳が数点あり、そのひとつ『達磨慧可対面図』(伝・狩野元信筆)は、慧可の衣の袖先がくるんくるん巻いているなど、両人とも現実離れしてSF的で面白かった。
谷文晁の大作『赤壁図屏風』六曲一双もよかった。これまで根津美術館で見た記憶がないもの。左右に頂の見えない岩壁がそびえる。右隻は画面の奥に小さな満月が上り「前赤壁賦」の風景。左隻は鶴が低く飛び「後赤壁賦」の風景。どちらも岩壁の下を小さな舟が渡っていく。私はいちおう中国・湖北省の赤壁を見たことがあり、長江の雄大さをよく捉えていると思うが、谷文晁は中国の実景を知らないでこれを書いてるんだよなあ、と感慨深く思う。
あとは、桑山玉洲のさりげない『墨竹図』、繊細で儚げな色彩の椿椿山の『四愛図』(菊、蓮、梅、蘭)もよかった。どちらも栃木県立博物館所蔵。なお、英文版の解説も詳しいので、海外からのお客様にはおすすめだと思う。牧谿猿を「Muqi gibbons」ということを覚えた。
展示室5「茶席の書画-根津青山の茶会-」は、茶会記をもとに初代・根津嘉一郎(青山)の茶道具や美術品を展示しており、予想外な名品が出ていて驚いた。たとえば「夕陽茶会」は馬麟筆『夕陽山水図』(南宋時代)のお披露目茶会。『龍厳徳真墨蹟』(元時代)のお披露目には、利休好四方釜など、硬質でスタイリッシュな茶道具を揃えている。松花堂昭乗筆・沢庵宗彭賛『大津馬図』の場合は、まず大津絵『鬼ノ念仏図』を掛けて、『大津馬図』の登場を予想させるという演出。こういう文化的な実業人って、今いるのだろうか。展示室6「雨中の茶の湯」は唐銅風炉に蓮葉形釜が面白かった。
展示室4「古代中国の青銅器」はめったに覗かないのだが、先日、中公新書の『周 - 理想化された古代王朝』を読んだこともあって、久しぶりに入ってみた。殷の青銅器と周および東周(春秋・戦国時代)の青銅器の違いを興味深く眺めた。