〇『我是余歓水』全12集(東陽正午陽光影視、2020)
次に見るドラマを探していたら、大好きな俳優・郭京飛さんの主演する新作ドラマの情報を見つけた。今ちょうど古装ドラマに見たいものがないし、定評のある東陽正午陽光の制作だし、全12集と短いし、コミカルな役柄の郭京飛さん好きだし、ということで、特に予備知識もなく見始めた。
余歓水は妻と八歳の息子との三人暮らし。電気ケーブルの販売会社に勤めるサラリーマン。勤務成績は思わしくなく、対面を取り繕おうと嘘をついては失敗ばかり。あるとき、余歓水は、上司の趙経理(部長)と魏総経理(社長)、秘書の梁安妮が、高級ホテルの個室で飲んでいるところに遭遇し、ビールを持参して機嫌をとろうとする。実は非合法な儲け話の相談をしていた三人は大慌て。しかも余歓水を追い出したあと、機密データの入ったUSBが紛失していることに気づく。
余歓水は妻に離婚を切り出され、さらに病院で末期の胰腺癌(膵臓がん)と診察され、余命3~5ヶ月と宣告される。絶望した余歓水は、臓器売買組織に角膜を提供する契約を結び、大金を手に入れる。もはや恐れるものがなくなった余歓水。会社での態度も一変し、魏社長ら三人組は、これは我々のUSBを手に入れたからに違いないと焦る。
あるとき、街中で、道を譲る・譲らないから始まった刃傷沙汰に出くわした余歓水は、刃物を持ったやくざ者・徐大砲に絡まれていた男を救い、逆に徐大砲を死に追いやる。この「見義勇為」的行為によって、余歓水は公安局に顕彰され、10万元を贈呈される。さらにテレビで末期癌を告白したことで、時の人に祭り上げられる。
ところが癌は誤診だったことが判明。余歓水は普通の生活に戻りたいと考えるが、金ヅルをつかんだテレビ局はこれを許さないし、魏社長らも信じない。さらに闇の臓器売買組織からの督促も。余歓水は、臨終関懐(終末期ケア)組織でボランティアをしている女学生・栾冰然の誘いで、2泊3日のキャンプ旅行に出かける。魏社長ら三人組は、この機会に余歓水を殺害して口封じをしようと追跡する。
余歓水と栾冰然が立ち寄った山の中の食堂で働いていたのが徐二砲。徐大砲の弟分だ。兄貴の仇を見つけた徐二砲は、余歓水と栾冰然、近くにいた西洋人カップルのキャンパー、魏社長ら三人組も捕まえて、誰から命を取ろうかと凄む。余歓水は、臓器売買組織の存在を教え、我々を無傷で売れば大金が手に入ると勧めて時間を稼ぎ、助けを待つが…。
最後は、徐二砲が「ゲームをしようぜ!」と促し、囚われの七人(特に趙部長、魏社長、梁安妮の三人)が必死で自分を助けるべきと饒舌を振るい、さらに「最も卑劣な人間は誰か」を競う告白ゲームが始まる。まるで不条理劇! そうなのだ。このドラマ、現代社会に生きる凡庸な一般人を主人公にした、ドタバタコメディのようでありながら、哲学的なテーマがずぼっと埋め込まれているのである。笑えるし泣けるが、どこか気味の悪い(褒めている)ドラマだった。
結局、余歓水が生きのびたのかどうかも、曖昧な終わり方になっている。事件後、栾冰然と幸せな結婚生活をスタートさせたらしい余歓水の姿が流れるが、「これは夢かもしれない。自分はもう死んでいるのかもしれない」という独白がかぶさる。「もしも明日がなかったら、全てはもっと簡単なのだ」とも。「如果没有明天」は原作小説のタイトルである。主人公が余命半年と宣告されたとき、それが誤診だと分かったとき、キャンプ場で絶体絶命の窮地に陥ったとき、何度もこのフレーズが脳裏をよぎっていたが、最後にあらためて「もしも」の帰結を考えさせられた。
俳優さんは東陽正午陽光の作品でおなじみの顔が多かったが、なんといっても徐二砲! 張隽溢(張念驊)さん、『瑯琊榜之風起長林』では岳将軍の副将・愉快な譚恒を演じた。本作では無口で狂暴なやくざ者(片足を引きずっている)の役だが、時々愛嬌のある表情を見せる。自己保身の塊のような小人物・魏社長を演じたのは憑暉さん。ああ『大江大河』の程開顔のお父さん、実直な技術者の程工場長か! みんな振り幅が大きくて素敵。登場シーンは少ないのに印象強烈だった口罩男(マスク男)の梁大維さんも覚えておこう。
編劇(脚本)は王三毛、磊子の親子コンビで『都挺好』と同じだという。納得。これも日本で放映してほしいドラマだが、難しいだろうなあ。