〇国立劇場 人形浄瑠璃文楽 令和5年8・9月公演 第2部(2023年9月2日、15:00~)
建て替えに伴う「初代国立劇場さよなら特別公演」。2022年の9月公演からこのカンムリが付いていたので、慌てて見に行ったら、休館はまだ先と分かって拍子抜けしたが、いよいよ文楽は、今期が本当の「さよなら公演」になるはずである。演目は、第1部と第2部が『菅原』の通し。第3部が人気の『曽根崎心中』。私は『寿式三番叟』のおまけつきの第2部を選んだが、これがとんでもなく贅沢なおまけだった。
・『寿式三番叟(ことぶきしきさんばそう)』
私の席は下手の端で、床(ゆか)から遠かったが、開演前、ずらり並んだ三味線の数で、これが「特別公演」であることが感じられた。プログラムの記載に従えば、鶴澤燕三、鶴澤藤蔵、野澤勝平、鶴澤清志郎、野澤錦吾、鶴澤燕二郎、鶴澤清方の7名。太夫さんは、プログラムだと、翁・豊竹咲太夫、千歳・豊竹呂太夫、三番叟・竹本錣太夫と千歳太夫、ほかに豊竹咲寿太夫、竹本聖太夫、竹本文字栄太夫となっているが、実際は、翁・咲太夫、千歳・錣太夫、三番叟・千歳太夫と織太夫だったと記憶する。1つの舞台で、このメンバーの声の聴き比べができるなんて、普通ありえない。すごい! みんな質の異なる美声である。咲太夫さん、舞台と床の間から出ていらしたとき、遠目に分からなかったが、声を聴いたら私の知っている咲太夫さんで安心した。人形は、千歳を桐竹紋臣、荘重な舞を舞う翁を桐竹勘十郎。かなり激しい動き(体力がないとできない)の三番叟を吉田玉勢と吉田蓑紫郎。華やかでめでたくて、楽しかった。
・『菅原伝授手習鑑(すがわらでんじゅてならいかがみ)・北嵯峨の段/寺入りの段/寺子屋の段/大内天変の段』
以前にも書いたことがあるが、私は小学生のとき、家にあった「少年少女世界の名作文学全集」の日本編でこの「寺子屋」の物語を読んだ記憶がある。同じ全集には秋成の「白峯」や「菊花の契」なども入っていて、なんというか名作(古典)というのは、いまの感覚とはずいぶん違うところがあるのだな、というのを子供ながらに学んだ気がする。
「北嵯峨の段」は、菅丞相の御台所が隠れ住む山里に、時平の家来たちが現れる。八重(桜丸の妻)は奮戦むなしく命を落とし、御台所も絶対絶命と思われたところ、謎の山伏が時平の家来たちを蹴散らし、御台所を連れて去る(全編の筋を知っていると、山伏の正体は松王丸だなと想像がつく)。
そして武部源蔵夫婦の家を舞台にした「寺入り」「寺子屋」。ものすごい悲劇なんだけど、無邪気な子供たちの様子が緊張の緩和剤になっていて、何度も笑いが起こる。吉田蓑二郎の女房千代は凛として美しかったし、吉田玉助の松王丸は(我が子の最期の様子を聴いたときの動揺と悲しみなど)現代人にもある程度納得できて、感情移入がしやすかった。「寺子屋」の切は呂太夫さん。むやみに声を張るタイプではなく、静かに語り始めるのだが、いつの間にか物語に没入させられる。
「大内天変の段」はたぶん初めて見た。文楽の狂言にありがちな、最後は無理矢理めでたしめでたしで収めるヤツ。この夏、根津美術館に展示されていた『北野天神縁起絵巻』を思い出した。清涼殿落雷事件に巻き込まれたのは藤原清貫(即死)や平希世(重傷)なのだが、狂言では、死んだのは三善清行(きよつら)になっていて、清行、ちょっと可哀想。時平の両耳から二匹の蛇が現れる場面は、多くの絵巻で描き継がれているが、桜丸夫婦の亡霊ということになるのか。なるほど、なるほど。こういう古い伝説の焼き直し(二次創作)、巧いなあと感心する。
本公演のプログラム冊子には、山川静夫(元NHKアナウンサー)が「ありがとう、国立小劇場」と題して寄稿し、初代吉田玉男と吉田蓑助の舞台の思い出などが語っている。児玉竜一氏の「初代国立劇場の文楽公演」は「第4回 二十一世紀の文楽」で、私の記憶にも残る新しい話題(テンペストや不破留寿之太夫の新作公演、大阪市の補助金問題、等々)が書かれており、興味深かった。これ、貴重な記録なので、第1回(令和4年12月公演)から全てどこかにアーカイブして、できればオープンアクセスにしてほしいなあ…。
久しぶりにぎっしり埋まった客席で嬉しかった。まだチケットが取れるなら、ぜひ1人でも多くの方に見てほしい。話題の『文楽名鑑2023』も購入! 忘れるところだったが、隣りの席のお姉さんが幕間に読んでいたので思い出した。