〇家永真幸『中国パンダ外交史』(講談社選書メチエ) 講談社 2022.3
中国四川省と、陝西省周辺の山岳地帯にしか生息していない稀少動物のパンダ。本書は、パンダが発見されて以来、長い時間をかけて中国が鍛えてきたパンダ外交の歴史をひもとく。
パンダ発見の歴史は、知らないことばかりだった。1869年3月、フランスの宣教師で四川省に動物採集に訪れていたダヴィド神父は、穆坪鎮の地主から白と黒の毛皮を見せられ、謎の動物の存在を知る。その約10日後、ダヴィド神父は1体のパンダの死体を入手し、その毛皮と骨をフランスの国立自然史博物館に送った。動物学界は、この動物がレッサーパンダ(1820年代に発見)に近い種と判断し、大きい方のパンダ=ジャイアント・パンダという一般名が定着していく。ちなみに「パンダ」の語源はよく分からないそうだ。
1929年にはアメリカのローズベルト探検隊がパンダを射止めることに成功する(写真あり)。その後も5~6頭のパンダが欧米のハンターに射殺された。19~20世紀初頭の「大物動物狩り」の流行は、急速な文明化や工業化に対する白人男性の危機感に基づく「マスキュラ―・クリスチャニティー(男らしいキリスト教)運動」が関係してるという説明も面白かった。
1936年にはアメリカ人女性ルース・ハークネスが、子パンダ「スーリン」を生きたままアメリカへ持ち帰ることに成功し、スーリンはシカゴのブルックフィールド動物園の人気者になる。ここまで、中国側はパンダに関する認識が全くなく、欧米社会が勝手にパンダブームに火をつけている。
1937年の盧溝橋事件に始まる日中戦争の中、国民政府はパンダを国際政治に利用していく。1941年には2頭のパンダがニューヨークのブロンクス動物園に贈られた。贈呈に立ち会ったのは宋慶齢、宋美齢姉妹。これはアメリカの民意をつかむため、国民党政府の「中央宣伝部国際宣伝処」が計画した対米宣伝活動であったことが、公開された公文書から分かっているという。
戦後、パンダ外交は中国共産党に引き継がれる。国内の愛国主義教育にパンダが使われ始めるのも戦後のことだ。1955年、北京動物園で3頭のパンダの公開が始まる。ちなみに北京動物園の前身が清朝の農事試験場「万牲園」であることも初めて知った。やがてパンダの飼育は、上海、南京、昆明、成都などの動物園にも広がっていく。
1950年代、中国はソ連のモスクワ動物園にパンダ2頭を贈った(2頭の名前はピンピンとアンアン。『飛狐外伝』の双子の名前じゃないか! そして雑誌「anan」もここから)。それとは別に、中国側が希望する多様な交換動物を示したことでオーストリアの動物商が獲得したパンダのチチはロンドン動物園に落ち着く。この時期、海外に出たパンダの数が少ないので、1頭1頭のエピソードが詳しく残っていて興味深い。1946年に国民党からロンドン動物園に贈られたリェンホー(連合)は気性が荒く、人に懐かず、憂鬱そうだったので人気が出なかったという。動物にも展示飼育に合う性格と合わない性格があるのだろうな。逆に自然動物の展示に対する人々の反省を呼び覚ました、というのは不幸中の幸いかもしれない。
1970年代には、中国とアメリカの関係改善をきっかけに、中国と国交を樹立する国が増え、中国は友好の証として積極的にパンダを贈呈するようになる。1972年、初めて日本にパンダがやってきたのもそうした文脈である。当時、東京の小学生だった私は、もちろん上野動物園に見に行ったが、ガラス張りのパンダ舎では白黒の毛皮が寝ているのをチラリと見ただけだった気がする。
その後、日本の動物園のパンダは増えたり減ったりしたが、私はあまり関心を持たなかった。白浜のパンダは、一度見に行きたいと思っているが実現していない。80年代に初めて中国旅行に行ったときは、ふつうの檻の中を歩き回ってるパンダの自然な姿を見たことが印象に残っている。
1980年代以降、国際社会では野生動物保護のルール整備が大きく進み、中国のパンダ外交もその影響を受けることになった。中国政府はパンダの密猟規制に本腰を入れ、捕獲、殺害、売買を全面的に禁じた。それでも世界の動物園からパンダ展示の希望は止まず、90年代には10年程度の長期レンタル方式が提案され、WWFもこの考えに理解を示した。中国にとっては、パンダ・レンタルは安定的に巨額の外資をもたらすビジネスになった。政治的には、パンダを自由に移動できる「国内」はどこまでかという指標の問題がある。台北動物園には、中国から受入れたパンダがいるそうだが「台湾は中国の一部」と認めたわけではなく、そこは巧妙にうやむやにしているという。
今年2022年の北京冬季五輪で「未来から来た宇宙パンダ」設定のビン・ドゥンドゥンが人気を博したのは記憶に新しいところ。確かにビン・ドゥンドゥンは可愛かったと思う。でも、ああいうずん胴で丸顔で垂れ目(に見える)幼いキャラクターに極端に熱狂してしまうのは、何か日本人の独特の嗜好のような気もする。幸か不幸か。