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自警団の実像/関東大震災と民衆犯罪(佐藤冬樹)

2023-10-02 22:35:10 | 読んだもの(書籍)

〇佐藤冬樹『関東大震災と民衆犯罪:立件された114件の記録から』(筑摩選書) 筑摩書房 2023.8

 私は人生の大半を東京で過ごしてきたので、関東大震災は、昔のできごとではあるけれど、具体的な被災地の地名にはなじみがあって、子供の頃から比較的身近な歴史だと思ってきた。しかし天災とは別の悲惨な事件について、詳しく知るようになったのは、ずっと大人になってから、たぶん2000年以降ではないかと思う。

 本書「はじめに」によれば、自警団を結成した人々は、多くの朝鮮人、中国人を殺し、時には日本人をも巻き添えにした。検察は114件を立件し、640人が起訴され、ほとんどが有罪になった。「ふつうの住民が400人以上を殺害した、近代日本史上類例のない刑事事件であった」が、犯人すべてが検挙されたわけではなく、「検挙されずに済んだ者とその被害者は永遠の謎になってしまった」という。それでも著者は、検察が起訴した事件の資料を丹念に読むことにより、民衆犯罪の実態を明らかにしていく。

 その前段として興味深いのは「自警団」の実態である。自警団類似の団体(保安組合、自衛組合など)は、震災の数年前から、警察の肝いりで各地に結成されていた。警察幹部はこれを「民衆の警察化」と呼び、「自警自衛」意識の高揚に基づく民衆の組織化に余念がなかった。その主力となったのが消防組員である。1894年の消防組規則では、各地の消防組は警察の統制と指揮下に置かれていた。これまで自警団の犯罪については、在郷軍人や青年団の主導性が強調されてきたが、警察の公式な下部組織であった消防組のプレゼンスが大きかったことを著者は検証している。

 また、震災直前は、朝鮮人労働者が増え続け、日本人労働者との間に多くの軋轢を生んでいた。労働争議だけでなく、死者や重軽傷者を出す「争闘」「格闘」あるいは住民による一方的な「襲撃」事件も多数起きている。この物騒な世情に迫られて、警察は「民衆の警察化」を急いだとも言える。つまり、朝鮮人襲撃事件は、震災という異常事態が生んだものではなく、起こるべくして起きたのだと思う。

 あらためて怖いのは、自警団には「善良な朝鮮人」と「不逞鮮人」を区別する意思がハナからなかったという指摘である。いちおう官憲のタテマエとしては、前者を保護する指示が出ていたが、自警団は受け付けなかった。彼らは朝鮮人こそ震災に伴うあらゆる災厄の源であると見なし、「原始的な復讐心」に囚われて、全ての朝鮮人に「報復」を加えた。いつの時代にも、こういう歪んだ理屈を唱える人はいるが、それが普通の人々に蔓延した状態というのが恐ろしいし、悲しい。

 著者は日本人襲撃の実態も調査している。東北出身者、ろう者の襲撃事件は確かに存在したが、1、2件に過ぎず、朝鮮人の被害を相対的に小さく見せようという当局のねらいから生じた側面は否めないという。これは重要な指摘である。確かに本書を読むと、自警団や群衆がわざわざ「発話不明瞭なもの」を区別して襲撃したというのが疑わしくなる。沖縄出身者についても襲撃の実態は不明だが、沖縄では、1940年前後の標準語強制教育の中で「沖縄出身者襲撃伝承」が、小学校の教室において教師の口から広まった可能性があるという。幾重にも悲しい話だが、なるほどと思わせる推論である。著者は、そもそも沖縄からの出稼ぎ労働者の歴史を調べる中で、副産物として本書が生まれたそうだ。あとがきでは「いまだかつて歴史学の手ほどきを受けたことはなく」と自己紹介しているが、考察は手堅い史料調査に基づいている。


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