見もの・読みもの日記

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総長の休日/鴎外「奈良五十首」を読む(平山城児)

2016-02-07 23:52:01 | 読んだもの(書籍)
○平山城児『鴎外「奈良五十首」を読む』(中公文庫) 中央公論社 2015.10 

 先だって、文京区立鴎外記念館のコレクション展『奈良、京都の鴎外』を見に行って、森鴎外に「奈良五十首」という短歌連作があることを初めて知った。展覧会では壁のパネルに、特に注釈はなく全作品が掲示されていた。読めばだいたい意味の分かる、平易な詠みぶりの歌が多かったが、少し首をひねったものもあったので、ミュージアムショップで見つけた本書を買って帰った。

 「奈良五十首」は、大正11年(1922)1月の雑誌「明星」に「M・R」の筆名で掲載されたもの。大正7年から10年まで、宮内庁帝室博物館総長兼図書頭として、毎年11月、正倉院曝涼に立ち会うため、奈良に滞在した経験をもとに、鴎外が制作した短歌連作である。著者は、鴎外の日記や書簡、当時の新聞記事などを渉猟して、歌の詠まれた背景を一首ずつ丁寧に探索している。おかげで、意味が明らかになったり、新しい発見をしたものがいくつかあった。

 (15)首の「恋を知る没日(いりひ)の国の主の世に写しつる経 今も残れり」の「主」に、私はなんとなく女帝のイメージを抱いて、則天武后を思い浮かべていたが、確かに言われてみれば、玄宗皇帝が一番ふさわしい。(20)首の「蒙古王」が、佐々木蒙古王という日本人(衆議院議員)だとは思わなかった。

 (27)首から(32)首は「興福寺慈恩会」という詞書が付された連作。夜半に行われる法会で、闇の中で梵唄(ぼんばい)に耳を澄ませる風情が東大寺の修二会を思わせる。著者は、鴎外の作品を読み解くため、実際に慈恩会を体験してみている。興福寺のホームページを見ると、今でも11月13日に行われているのだな。私も参籠してみたい。

 この(28)首に「観音の千手と我はむかひ居て」と詠まれているのは、現在、興福寺国宝館に安置されている大きな千手観音菩薩立像のことらしい。鴎外が参拝した当時は中金堂に安置されており、ここで慈恩会が行われていた。この中金堂は、Wikiによれば、文政2年(1819)再建のお堂(ただし仮堂)で「興福寺国宝館の開館(1959年)までは、高さ5.2メートルの千手観音像をはじめ、現在興福寺国宝館で見られる仏像の多くを堂内に安置」し、朱色に塗られていたため「赤堂」として親しまれていたが、2000年に解体されたという。え?2000年!絶対に見ているはずなのに、どんなお堂だったか、記憶がない…。そして、あの千手観音は「食堂本尊」だったはずでは?と思ったら、Wikiに「仮食堂は1874年(明治7年)、廃仏毀釈のあおりで興福寺が荒廃していた時代に取り壊されている」という説明もあった。

 著者は、この連作和歌において、鴎外が「変わらぬ奈良」を賞賛し、成金などの「心なき人」に破壊される古都を惜しみ、憤りを表明していると説く。まあ大概は同意するが、変わらないように見えて、じりじりと変わっているところもあるのだなと思う。いまの興福寺の伽藍再建計画を鴎外が知ったら、どんな感慨を歌に詠むだろうか。

 (37)首は新薬師寺の仏を詠んで「喇叭の音に寝起きする」という。高畑ののどかな田園風景を思い浮かべて、豆腐屋のラッパ?と首をひねったが、実は近くに歩兵聯隊の兵営と練兵場があったのだそうだ。現在は奈良教育大などになっている。余談だが、戦後は進駐軍がいたというのも面白い話。

 (39)首は百毫寺について「痴人(しれびと)の買いていにける塔の礎」と詠む。礎石を買っていったのかと思ったらそうではなく、室町時代の多宝塔があったのを買い取った人がいて、その礎石だけが残っているという意味だ。購入者は藤田平太郎(藤田伝三郎の長男)で、宝塚にある別荘に移築したが、平成14年(2002)に山火事で燃えてしまった。そんな最近まで残っていたことに驚く。

 (43)首「旅にして聞けばいたまし大臣(おとど)原 獣(けもの)にもあらぬ人に衝かると」は、大正10年11月4日の原敬首相の暗殺を詠んだもの。その直前に、鹿に衝かれて死亡した人を詠んだ歌があり、並べて読むと、「聞けばいたまし」と言いながら、どこか滑稽で、鴎外の悪意を感じてしまうのは、私の性格が悪いからだろうか。著者は、鴎外の政治思想や国家観についても論じているが、私はまだ知識が十分でないので、あまり深入りしないでおこうと思った。

 なお、続けて鴎外の「我百首」と「うた日記」についても概説が試みられている。初めて知る作品が多くて、興味深かった。もうひとつ、冒頭に「帝室博物館総長兼図書頭としての鴎外」という章が設けられており、先行研究から、鴎外総長の業績がまとまっているのも便利である。「動物園・上野公園の樹木が枯れかけたので、梅・松・桜など二千株を植樹した」というのは本当なのか。今年の花見は心して花を眺めたい。

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