○高橋源一郎、SEALDs『民主主義ってなんだ?』 河出書房新社 2015.9
2週間ほど前、つまり本書が店頭に並んですぐに買って一気に読んでしまった。その後はツイッターのTLに流れる「面白かった」「感銘を受けた」という感想を、そうだろ?という気持ちでにやにやと眺めていた。
登場人物は、明治学院大学国際学部教授で小説家の高橋源一郎氏。SEALDsの主要メンバーである牛田悦正くん、奥田愛基くん、芝田万奈さん。芝田さんは上智大学だが、牛田くんと奥田くんは明治学院大学の学生である。内容は二部構成で、前半「SEALDsって何だ?」は、彼ら三人の自己紹介に始まり、SEALDsという団体が立ち上がり、活動を広げていく過程がメンバーによって語られる。高橋先生はもっぱら聞き役。後半「民主主義って何だ?」は、はじめに高橋源一郎氏が、最近関心を持っている古代ギリシアの民主制を紹介する長いプレゼンテーションを行い、みんなで民主主義について議論する。
前半は、SEALDsメンバー三人のバックグラウンドが全く違っているのが、ものすごく面白かった。奥田愛基くんのお父さんが貧困者支援やホームレス支援をやっている牧師さんだというのは、かすかに聞いていたのだけど、朝起きたら、知らない小汚いおじさんがいて「この人は新しい家族」といわれるとか、放火で服役してた人を引き受けることになって、さすがに「うちが火をつけられない?大丈夫?」と家族会議を開いたとか、奥田くんの語りがうまい(編集者の再現がうまい)ので爆笑(でも感動)した。牛田くんは、お祖父ちゃんもお父さんもギャンブラーだったそうで、「ギャンブラーと牧師の息子が一緒にやってるんですよ」という。よく出来た青春小説の設定みたいである。
2012年夏に反原発デモを見に行ったことがきっかけで、TAZ(タズ、Temporary Autonomous Zone)が生まれ、2014年2月、特定秘密保護法に反対する学生有志の会「SASPL」となり、2015年5月、自由と民主主義のための学生緊急行動「SEALDs」が結成された。しかし、その細かい経緯は、見事にぐだぐだ(笑)。彼らは政治のエキスパートでも知的エリートでもない。この社会について真面目に勉強し、意見を言おうという意志はあるけれど、それ以外は、とっても普通の学生なのである。仲間をディスって嫌われたり、勉強会に誰も来なくて腹を立てたり、コールが楽しくて気が変わったり。牛田くんが、塾講師のバイトのある日はデモに来ないというのにも笑った。
彼らに強い使命感やカリスマ性を期待して本書を読むと、きっとガッカリすると思う。でも私は、彼らが普通の学生であることが、とても気持ちよかった。SASPLの時代に、デモのスタイルについて、高橋先生に相談に行き、「個人的な言葉が大事だよ」と言われたというエピソードを初めて知った。従来の政治運動のウォッチャーには、なかなか分かってもらえないけど、SEALDsの新しさは、この「個人的な言葉」を大事にした点ではないかと思う。技術的にiPhoneの画面を見ながらスピーチするとか、高校生のコールはBPM(演奏のテンポ)がSEALDsより速い、なんていう話も面白かった。
後半、高橋源一郎氏は「古代ギリシアの民主制はヤバい」ということから語り始める。聞き手のSEALDsメンバーの素直な反応が入るのが面白い。ちょっと演劇的で、プラトンの対話編を読んでいるみたいだ。実は、古代ギリシア以降最近まで、まともな思想家は(直接)民主主義を否定してきた。まともでなかった思想家のルソーは、代議制民主主義は奴隷制と同じだと書いている。
民主主義の形態はさまざまで、安倍晋三総理でさえ、彼の中では「民主主義者」としてふるまっているつもりかもしれない。そうすると、民主主義だけでは駄目で、立憲主義とか法的な規範も大事なのではないか。「正しさと民主主義が折り合いがつかないことがある」という奥田くんの指摘は鋭いなあ。民主主義と立憲主義、つまり自由と拘束の間をうまく行き来することが大事、と読者を納得させかけたところで、でも民主主義だけで考えるのもありかな、と自己否定して、さらに議論を深めていく。この対話と思索の面白さを、ぜひ多くの人に味わってもらいたい。
![](http://ecx.images-amazon.com/images/I/51dcL7Zt3QL._SL160_.jpg)
登場人物は、明治学院大学国際学部教授で小説家の高橋源一郎氏。SEALDsの主要メンバーである牛田悦正くん、奥田愛基くん、芝田万奈さん。芝田さんは上智大学だが、牛田くんと奥田くんは明治学院大学の学生である。内容は二部構成で、前半「SEALDsって何だ?」は、彼ら三人の自己紹介に始まり、SEALDsという団体が立ち上がり、活動を広げていく過程がメンバーによって語られる。高橋先生はもっぱら聞き役。後半「民主主義って何だ?」は、はじめに高橋源一郎氏が、最近関心を持っている古代ギリシアの民主制を紹介する長いプレゼンテーションを行い、みんなで民主主義について議論する。
前半は、SEALDsメンバー三人のバックグラウンドが全く違っているのが、ものすごく面白かった。奥田愛基くんのお父さんが貧困者支援やホームレス支援をやっている牧師さんだというのは、かすかに聞いていたのだけど、朝起きたら、知らない小汚いおじさんがいて「この人は新しい家族」といわれるとか、放火で服役してた人を引き受けることになって、さすがに「うちが火をつけられない?大丈夫?」と家族会議を開いたとか、奥田くんの語りがうまい(編集者の再現がうまい)ので爆笑(でも感動)した。牛田くんは、お祖父ちゃんもお父さんもギャンブラーだったそうで、「ギャンブラーと牧師の息子が一緒にやってるんですよ」という。よく出来た青春小説の設定みたいである。
2012年夏に反原発デモを見に行ったことがきっかけで、TAZ(タズ、Temporary Autonomous Zone)が生まれ、2014年2月、特定秘密保護法に反対する学生有志の会「SASPL」となり、2015年5月、自由と民主主義のための学生緊急行動「SEALDs」が結成された。しかし、その細かい経緯は、見事にぐだぐだ(笑)。彼らは政治のエキスパートでも知的エリートでもない。この社会について真面目に勉強し、意見を言おうという意志はあるけれど、それ以外は、とっても普通の学生なのである。仲間をディスって嫌われたり、勉強会に誰も来なくて腹を立てたり、コールが楽しくて気が変わったり。牛田くんが、塾講師のバイトのある日はデモに来ないというのにも笑った。
彼らに強い使命感やカリスマ性を期待して本書を読むと、きっとガッカリすると思う。でも私は、彼らが普通の学生であることが、とても気持ちよかった。SASPLの時代に、デモのスタイルについて、高橋先生に相談に行き、「個人的な言葉が大事だよ」と言われたというエピソードを初めて知った。従来の政治運動のウォッチャーには、なかなか分かってもらえないけど、SEALDsの新しさは、この「個人的な言葉」を大事にした点ではないかと思う。技術的にiPhoneの画面を見ながらスピーチするとか、高校生のコールはBPM(演奏のテンポ)がSEALDsより速い、なんていう話も面白かった。
後半、高橋源一郎氏は「古代ギリシアの民主制はヤバい」ということから語り始める。聞き手のSEALDsメンバーの素直な反応が入るのが面白い。ちょっと演劇的で、プラトンの対話編を読んでいるみたいだ。実は、古代ギリシア以降最近まで、まともな思想家は(直接)民主主義を否定してきた。まともでなかった思想家のルソーは、代議制民主主義は奴隷制と同じだと書いている。
民主主義の形態はさまざまで、安倍晋三総理でさえ、彼の中では「民主主義者」としてふるまっているつもりかもしれない。そうすると、民主主義だけでは駄目で、立憲主義とか法的な規範も大事なのではないか。「正しさと民主主義が折り合いがつかないことがある」という奥田くんの指摘は鋭いなあ。民主主義と立憲主義、つまり自由と拘束の間をうまく行き来することが大事、と読者を納得させかけたところで、でも民主主義だけで考えるのもありかな、と自己否定して、さらに議論を深めていく。この対話と思索の面白さを、ぜひ多くの人に味わってもらいたい。