見もの・読みもの日記

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強がりと気苦労/王朝貴族と外交(渡邊誠)

2023-11-19 18:14:06 | 読んだもの(書籍)

〇渡邊誠『王朝貴族と外交:国際社会のなかの平安日本』(歴史文化ライブラリー) 吉川弘文館 2023.3

 中国史に関する本を読んでいると、当時、日本の状況はどうだったんだけ?というのが気になる。たまたまSNSに情報が流れてきた本書が面白そうだったので読んでみた。冒頭には「北宋期の日本と東アジア」の地図が掲げられていて、朝鮮半島には高麗、その北方には女真、さらに契丹(遼)、西夏、吐蕃、大理、大越が、ぐるりと宋を取り巻いている。

 本書は、いくつかのトピックを取り上げながら進むが、最初は「刀伊の入寇」(1019年)である。博多に上陸した賊船は、武士の活躍によって撃退された後、朝鮮半島東岸方面に逃れ、高麗の船兵に拿捕された。高麗は日本人の拉致被害者を保護して、対馬へ送還した。この知らせを受けた中央政府(道長・頼道・実資・公任・源俊賢ら)は対応を協議するが、異賊の正体が刀伊(女真)と知れたあとも、高麗を「敵国」扱いして疑いの目を向け、冷たくあしらっている。

 高麗に対する強い警戒心は何に由来するのか。神功皇后の三韓征伐伝説であるという。新羅の後身である高麗は、虎視眈々と日本の隙をうかがう「敵国」と考えられていた。その一方、平安貴族は自分の祖国を、天皇の威勢も衰え、国家的な軍備にも乏しい(平安初期に律令軍団制が解体され、武士身分が武力を占有するようになる)「末代」と認識している。いつ高麗に侵略されてもおかしくないが、そうならないのは、日本が神に守られた「神国」であるためだという。自慢なのか卑下なのか、非常にまわりくどい対外認識を彼らは持っていたようだ。

 「刀伊の入寇」に先立つ10世紀、唐の滅亡(907年)によって、朝鮮半島の情勢も動揺する。新羅の力が衰え、甄萱が後百済、王建が高麗を建国する。百済王・甄萱は日本に使者を派遣し「朝貢」の意志を示してきたが、日本は通交を拒否する。936年に半島を統一した高麗は、その翌年から日本に使者を派遣したが、やはり日本は「朝貢」を拒絶した。どうしてなのかなあ…と言っても仕方ないのだが、平安時代の日本は国際的な政治外交の場から完全に離脱することを選ぶ。大陸・朝鮮半島から海を隔てた島国であることが、この選択を可能にした。

 中国大陸については、10世紀以降、まず呉越国と交流があった。国家としての通交は拒否しつつ、中国商人を介して、大臣による私交というかたちで、仏教の典籍や文物が贈答された。978年には宋が中国を統一する。宋太宗は、983年に入宋した奝然を召見して、日本の風俗等を尋ね、大変厚遇したという。へえ!宋は987年に日本への商人の渡航を解禁。契丹と軍事的緊張を抱える宋にとって、日本産の硫黄の獲得は重要な意味を持っていた。しかし仁宗の頃になると、契丹との緊張緩和によって、日本への関心が低下する。仁宗は『清平楽(孤城閉)』の皇帝だな、などと中国ドラマを思い出しながら読むのも楽しい。11世紀後半、哲宗・徽宗期になると、再び軍事的緊張の高まりとともに、宋から日本へ積極的なアプローチが行われる。

 平安貴族の対外認識を考える上でとても面白かったのは、高麗への医師派遣問題への対応である。1080年、高麗国王文宗の病気(風疾=中風)を治療するため、日本の優れた医師を派遣してほしいという依頼の牒状が太宰府に届いた。第一報を源俊房に知らせたのは藤原通俊。通俊!!『後拾遺和歌集』の撰者じゃないか(私は大学で文学を専攻したので、歌人の名前がこういうところに出ると驚いてしまう)。源俊房・源経信(このひとも歌人だ)ら公卿たちの議論は分かれたが、最終的に関白師実は白河天皇とともに「派遣しない」決定を下し、大江匡房が返牒を作成した。その返牒(『本朝文粋』に収録)は、高麗の牒状の形式上の不備をとがめるなど、けっこう尊大な印象を受ける。しかし俊房や経信の日記によれば、医師の派遣を見送った根本的な理由は、もし治療に失敗し、日本の医師の技術が劣っていることが知られると「日本の恥」になるから、というものであった。うーん、分かりにくい心理だが…外向きの外交文書では強がりつつ、内実は小心翼々というのは、現代の国際関係でもありそうな話だと思った。

 なお「牒」というのは、上下関係がはっきりしない役所間でやり取りされる文書の形式で、東アジアの国どうしでも、これを便利に使っていたという。ちょうど正倉院展で見た文書にも「牒」「故牒(ことさらに牒す)」の文字がたくさん使われていた。


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