〇松岡美術館 『中国陶磁展 うわぐすりの1500年』『伝統芸能の世界-能楽・歌舞伎・文楽-』(2024年10月29日〜2025年2月9日)
この数年、同館には足繫く通っている。特に中国美術関係の展覧会はおもしろいものが多い。本展は、後漢から明までのおよそ1500年間における陶磁器を、うわぐすり、つまり釉薬に着目して展観する。
はじめに「低火度釉」と「高火度釉」という分類を紹介し、低火度釉から見ていく。後漢時代の緑釉の壺と酒尊が出ていたが、どちらもあまり緑が鮮明でない。と思ったら、緑釉には、一定の条件の土中で長い年月をかけて風化すると「銀化」という現象が起こるそうで、これが緑釉陶器の見どころの1つなのだという。
北斉(6世紀)後期から白釉陶器が登場する。『三彩蓮弁八耳壺』は、背の高い宇宙船みたいなかたちで、白地に茶色と緑の釉薬がうっすら流れている、不思議なうつわだった。唐代には鉛釉が本格的に登場。酸化鉄を加えると褐色や黄色になり、酸化銅を加えると緑、コバルト(西方産)を加えると藍色になるというのは、どこかで聞いた気がするが、ここにもメモしておこう。細身で小さな『三彩婦人』が可愛らしかった。鉛釉は流れやすいというのは、名品といわれる唐三彩を思い出してなるほどと思う。同じ三彩でも、金代の磁州窯系のやきものはみんな絵柄が可愛い。『緑釉劃花鳥文枕』は、クッションみたいにでかい陶枕だった。そういえば、最近の中国ドラマは服飾や什器の再現に凝っているけど、陶枕の再現は見たことがないなあ。
続いて高火度釉のやきもの。灰釉陶器は、焼き締められた丈夫なつくりで、明器や日常使いの器に用いられた。植物などの灰がうつわに降りかかり、ガラス化することは殷時代には発見されていたという。MIHOミュージアムの『古代ガラス』展で学んだ話だ。後漢時代の『灰釉双耳壺』は、備前を思わせる肌合い、平たい宇宙船(うつぼ船)みたいなかたちで面白かった。
そして青磁、澱青と続く。『澱青釉紅斑瓶』は、本展のポスターには、わざと全体像が分からない写真が使われているのだが、一見の価値あり。梅瓶をきゅっと細くしたような独特のかたちで、四方に(と言っていいかな)異なるかたちの紅斑が浮かぶ。なので見る位置によって印象ががらりと変わるのだ。まるで現代美術のようなセンスだが、金~元時代の作品だという。驚いた。
展示室5と6では『伝統芸能の世界-能楽・歌舞伎・文楽-』を開催。「歌舞伎」のセクションは武士を描いた絵画が多くて楽しかった。前田青邨の『鎮西八郎』は、背後に一人従者を連れ、弓を横たえてかしこまる烏帽子姿の若武者。鎮西八郎為朝なのだが、ニキビ面のヤンキーみたいな風情で噴き出してしまった。小堀鞆音の『忠臣楠公父子図・孝子小松内府図』は、右幅の小松内府に注目。画面いっぱいに描かれたのは武装した郎党たちの集まる清盛邸。左下に、悠然と門をくぐる小松内府重盛が描かれている。
展示室6は「文楽」特集。実は同館の創立者・松岡清次郎は素人義太夫の愛好者だったそうで、今回、松岡愛用の見台(台本を置く台)も展示されていた。十数件の絵画のほとんどは、宮前秀樹氏の作品だった。どれも描かれた戯曲世界がよみがえってくるようで、文楽ファンには至福の空間だった。『近松の人々』は三組の男女が描かれているけど、お初徳兵衛(曽根崎心中)、小春治兵衛(心中天の網島)、梅川忠兵衛(冥途の飛脚)で合っているかな。摂州合邦辻の玉手御前を描いた『玉手五姿』もよかったが、女性を描いた絵画が多かったのは、画家の趣味か、それとも蒐集家の趣味だろうか。