飛鳥を巡るバスが、民家の軒先をかすめるように走り、私もその後に続いた。 田畑の広がる中の道に出ると、まもなく「飛鳥大仏前」のバス停が目についた。
その目の前には、飛鳥大仏の名を刻んだ石柱と小さな山門が見え、付近は広々とした駐車場で、奥には土産物屋さんが並んでいた。
飛鳥寺は第32代崇峻天皇元年(588)蘇我馬子が発願し、第33代推古天皇4年(596)に創建された日本最初の寺であり、寺名を法興寺、元興寺、飛鳥寺(現在は安居院〈あんごいん〉)とも呼んだとの事です。
その当時の飛鳥寺の伽藍は東西200から250m、南北290mという寺域の中に、塔を中心に東西と北に3つの金堂を配して、中門から左右にのびる回廊でかこみ、その外側の北域に講堂を建てた豪壮なものであったようです。
なお、『飛鳥大仏』として今日まで伝わる丈六(じょうろく)の銅造り釈迦如来坐像は、推古天皇17年(609)に鞍作鳥(くらつくりのとり)【止利(とり)仏師】によって造られた日本最古の仏像だそうです。
平安・鎌倉時代の大火災で全身罹災、後補を受けているが概形は飛鳥彫刻らしい形をとどめ、細部にもかなりはっきりした飛鳥の特色を伝えているようです。 その被災の痕を痛々しく見せながらも、参拝する私達をやさしく迎えてくれます。
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